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冷えた身体を痛ませながら熱が染み入ってくる。
鳥肌の緩和と共に、徐々に痛みは温もりに変わってゆく。安堵感から漏れ出る溜め息は、眼鏡を幸せに曇らせてゆく。
帰宅後、うがいも手洗いもせずに俺は炬燵に足を飛び込ませた。すっかりジーパンに湯が染み込んでしまったが、不快感はない。
炬燵の湯には底がない。いや、もしかしたらあるのかも知れないが、水深が増すほど濃くなってゆく惰性の橙色のせいで、底は見えない。
一度体ごと飛び込んで潜って行ったことがある。
しかし底にはたどり着けなかった。行っても行っても炬燵には底がなかった。唯一の発見は、炬燵が地獄に繋がっているという事実だけである。
そこが地獄だと認識できたのは、時折見える浮遊者が皆例外なく意思を失い漂っていることと、そこらを回遊している人魚の顔が毘沙門天のようで、なおかつ角が生えていることから鬼だと断定できたことによる。
鬼が住む場所で、希望のない人間が縛られているならそこは地獄に違いない。そう気が付くと同時に次の浮遊者になりかねないと地上に戻って来た。地獄に沈んだのはその一回が最後である。
「最後」と自分に言い聞かせたとはいえ、俺の半身は地獄に浸かっている。机に片耳を当てていると、亡者の寝息が聞こえてくるようである。俺は地獄との境界にいる。
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