炬燵地獄

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自然と体が沈んでゆくのは地獄ならではの感覚である。水なら浮く、沼なら何もしなければ沈まない。時間の経過と共に橙色は濃くなってゆく。 そしてその時間の流れは現実社会と同じであるらしい。バイト先の騒がしい厨房で指示を飛ばす店長の眉間の皺、ホール担当メンバーの脳内を支配する店内図、働く度に思う客の労働者に対する配慮のなさへの無自覚、それらを置いてゆきながら、俺は地獄を進む。 転々といる浮遊者は、遠くなるほど間隔を密にしており、視界の届く限界のところなどは、浮遊者たちが湯に落とす影で幾層かの暗幕を作っている。 時折近くにいる浮遊者と目が合う。その場合は大抵相手に上昇思考と自己への良心が残されており、こちらを見るのは抵抗せず落ち続ける俺を反面教師にしようという企みのためである。辺りを観察しようという俺のような珍客でなければ、他の浮遊者を見ながらも落ちることはしない。 上を見ながらも落ちるのもまた俺の珍しさだろう。やって来た炬燵の厚手の布の花柄が遠退いてゆく。別の水面、入り口を見ると、大きな菓子袋の淵やあるいは性器の穴だったりする。それらが大小様々な円を描き、地獄と現実の境界を縁取っている。
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