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施設に移ったその年の冬、夜中にふと、目を覚ました。真っ暗なはずの部屋に薄明かりがともっている。
窓からさす月明かり、そして、ふたつの金色の鋭い眼差しが、じっと私を見つめている。
ロクだった。
最後まで私に懐かなかった犬が、どうしてここに。
ロクは何も言わないしピクリとも動かない。ただ私の様子を伺うように、暗闇に静かに佇んでいる。
不思議な犬だ。生きている頃は怖い、憎たらしいとしか思わなかったが、今はどこか安心する。そばに寄り添いたいとすら思える。もしかしたらこの犬は、死神の使いのようなものなのかもしれない。
妙な考えだけれど、しっくりときた。この犬は、義母を、夫を、連れて行った。そして今度はーー
心はもう決まっていた。
「私を連れて行って」
あの人のところに。
私がぬくもりを感じられるのは、あの人のそばだけなのだから。
ロクが誘導するかのように、くるりと背を向けて歩みだす。私もその後をついていく。この頃常に悩まされていた足の痛みは、すっかりと消えていた。
ーーああもう何も、苦しまなくていいのだ。
やっと解放されるのだ。
やっと……やっと……
あなたのところに行ける……。
そう思うと、自然とその言葉が、口から溢れた。
「ありがとうーー」
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