第1章

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* 「おばあちゃん、元気だった?」 「ああ、元気だよ」 「お母さん、なにか欲しいものはない?」 「なんにもないよ、会いにきてくれるだけで嬉しいよ」 月に一度、娘が孫を連れて会いにくる。 あの家を出たのは一年前、夫がロクに連れて行かれたすぐ後のことだった。地域一帯の町おこしだとかで、うちのようなごみ屋敷があっては評判が落ちるからと、ほとんど追い出されるような形だった。 家を出るとき、迎えに来たのは、どこから連絡がいったのかは知らないが、もう20年も会っていなかった娘だった。若い頃しか知らなかった娘は、当時付き合っていた男とは別の人と結婚して、子供もいる。 私の身体は、もう昔のように、自由には動かなくなっていた。お風呂もトイレも介助つきでないとままならない。まだ60代だが、すっかり車椅子生活だ。 長年会っていなかった娘夫婦の世話になるのは気が引けるので、施設に入ることにした。娘が探してきてくれた、評判がいいという、町中にある二階建ての清潔なところだ。 「お母さん、最近、あまり食欲がないんだって?」 娘が心配そうに、夫によく似た眉を下げて言う。 「そうねえ、ものが喉を通らないんだよねえ」 「だめよ、ちょっとでも食べないと。栄養士さんがちゃんと考えて作ってくれてるんだから」 昔、好き嫌いをして給食を残してばかりいた娘に、同じようなことを言っていたのを思い出して、思わず苦笑する。 今は、立場がまるで逆転してしまった。
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