父の手

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「ヨウコ」 朦朧としながら、父は一度だけ私の名前を呼んだ。 私はわかっていた。 どんなに裏切られても、父の手のぬくもりに嘘はなかった。 そして、そのぬくもりの記憶のせいで、どうしても父を嫌いになれなかったことを。 主人が私の肩をそっと抱いた。 娘は心配そうに私のスカートの裾を掴む。 胸の中ですやすやと眠っている息子。 がさがさで、厚みがある、温かい父の手。 涙が止まらなかった。 たった一度でもぬくもりを与えてもらったのなら、その記憶だけでこれからも生きていける。 許すことも、前を向くことも、幸せになることもできるんだと。 「ありがとう」 誰かにぬくもりを与えることだってできるのだと、私は信じている。
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