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俺は腹が減っていたし、疲れていたから、リクライニングを最大にして目を瞑って、新幹線のシートに腰掛けていたんだ。
「ちょっと、すいません」
俺は自分に話しかけられているはずはないと思って、そのまま目を閉じていた。
「ちょっとすいません、席間違ってないですか」
俺の肩に誰かが手を触れた。俺はやられると思って思わず目を開けて身構えた。
「何か用ですか、僕は疲れてるんです。足も捻挫してるんです。眠たいんです。お腹空いたんです。あなたおにぎり持ってませんか」
もし、おにぎりを持っていたら少し分けてもらおう。選択できるならシャケ、昆布あたりがベターだ。
「すいません、おにぎりは持ってません。たとえ持っていても、それは僕のです。それはそうと、この席は僕の席です。間違ってないですか」
一見サラリーマン風のサラリーマンはそう言って俺に切符を見せた。俺はその切符を見た。俺の切符と同じ物のように見えた。
「僕も同じ切符持ってますよ」
「そうでしょうけど、ここは指定席で自由席じゃないんです。ほら6号車C列5番って書いてあるでしょう。ここが6号車のC列の5番なんです、ほら」
サラリーマンは窓の上に張り付いているカードみたいなものを指差した。そこにはたしかに彼のいう番号が書いてあった。
「たしかにあなたのいう番号が書いてありますね。だからこの席はあなたの席かもしれない。だから、僕の席は何処なんですか。ここはまさかビーフ専用席なんですか」
俺の席もビーフ専用席だったらいいのに。
「あなたの席はわかりません。切符に書いてあるでしょう。自由席かもしれない。あなたは自由な人のように見える」
「おお、お兄さんは頭がいい。俺はまさしく自由の申し子。俺はチキンじゃなくて、ビーフの側だ」
「ちょっと切符見てもいいですか」
俺は切符をお兄さんに見せた。
「あなたの席は隣の車両、7号車のE列の3番ですね。向こうの車両です」
お兄さんが奥の方を指差した。俺は渋々席を立ち荷物を持って、奥に向かった。
「向こうも機内食出ますか?」
サラリーマンのお兄さんは荷物を棚に上げていた。
「出るんじゃないんですか、たぶん」
席に座れるのがよほどうれしかったのか、お兄さんは笑顔で答えてくれた。
「ビーフ、オア、チキン?」
「牛タン弁当やね」
お兄さんが右手の親指を上に向けた。俺は意味がわからなかったが、なんとなく微笑んでおいた。
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