《 2 》

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 朝からグリルを掃除するだけでも面倒なはずなのに、お母さんは毎朝魚を焼いた。そして味噌汁も、兄のマルオを生き返らせてくれるおまじないなので絶対に朝食には欠かせないのだと、お母さんはいつも言っていた。  味噌汁を飲むというのはマルオにとって、一日の始まりを告げる儀式に違いなかった。マルオはとことん朝に弱い。まだ中学生で実家にいたとき、起きてくるのは決まって目覚まし時計の鳴った一時間後。眠たそうな目をこすりながら食卓に着くなり、いざ味噌汁を飲むと電源が入ったように元気よく学校へ向かう。  大学に入り一人暮らしを始めてから、年末年始だけ久しぶりに実家に帰ってきたときもそうだった。帰省しても結局ほとんど実家にはおらず地元の友達と深夜まで飲み歩いていたマルオは、二日酔いでゾンビみたいにベッドから這い出てきたが、味噌汁を飲むと生き返ったように目が輝き、次の瞬間バイト面接用の履歴書を真面目に書き始めたときにはさすがに驚いた。  正直、明日菜は和食よりも、お母さんがカフェで出しているようなクリームデニッシュやコーンポタージュの方が好きだったけれど、とりあえず味噌汁が朝食にあれば、オールオッケーというのが小さい頃からの暗黙のならわし。難しいことを考えなくても日常が勝手にスタートしてくれる気がしてくるので、マルオと東京で一緒に暮らし始めてからも、お母さんにならって毎朝味噌汁を作るようになった。  だから今朝もこうして味噌汁を作っている。  でも、そのマルオは今この家にはいない。かわりに横で、冷たい麦茶の入ったコップを掌の中でくるくるしながら、大きく呑気にあくびなんかしてスマホをいじっているのは、穂乃果(ほのか)ちゃんだ。
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