《 1 》

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「おはよう」と無防備な寝間着姿のまま挨拶を交わすのは、温かい家族とか仲の良い付き合いたてのカップルとか、はたまた気心の知れた親友と迎えた旅館の朝だけではないらしい。  よく知らない女の子が、ホワイトアスパラガスみたいに、長くて白い足を存分に見せつけたショートパンツ姿で、スタスタと明日菜(あすな)の前を通り過ぎ、冷蔵庫を開けて冷たい麦茶を取り出し飲んでいる。人の家の冷蔵庫をよくもまあがさつに開閉するものだと明日菜は思った。 「おはよう。あ、ごめん。飲む?」  明日菜の方を振り向いたその女の子は、コップを差し出してひどく純粋なまん丸の瞳でこちらを見てくる。顎までかかる明るい金髪のボブカットが、キッチンの窓から差し込む朝の日差しに照らされて、ところどころ毛先の方は透けて見えるくらいだ。 「ううん、要らない」  首を横に振り、ぷいと背を向ける。  そして女の子が冷蔵庫を離れたのと入れ替わりざま、明日菜はキッチンに立つと、沸騰したお湯に今朝一口大に切り水にさらしておいたジャガイモと乾燥わかめをつっこみ、特製のかつおだしと一緒に何分か煮立たせると、やがておたまの上で味噌をとぎ始めた。  味噌汁の味はジャガイモと乾燥わかめ、長ネギと豆腐、とろろ、キャベツと揚げなどのメニューを毎朝行ったり来たりする。カフェを経営していた明日菜のお母さんは、お店ではサンドイッチだの、フランスパンだの、スープばかりを作るので、家の朝食はその反動なのか、いつも和食だった。どんなに忙しい朝でもトーストと牛乳にヨーグルトだけで済ませたことは一度だってない。食卓にはいつも、アツアツの味噌汁と白米、納豆に焼き魚があった。焼き鮭にアジの開き、たまにぶりなんかも。
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