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「掃除機がショートして火を噴いたのかと思った」
黒い煙はまるで生き物のように床を這って村本に接近してきたという。黒煙はあっという間に村本の裸身を包みだした。
「見えない手で引っ張られる感じだった。そうだ、掃除機ン中に吸い込まれると思った」
「それで?」
「それだけだよ。黒い煙が消えたら、おれは見たこともない砂漠の真ん中にいた」
「そんな荒唐無稽を信じろと?」私は笑いかけたがすぐに思いとどまった。「村本の日記を読ませてもらったぞ。刑事が行方不明の学生の件で訪ねて来たみたいだけど、何も知らないと答えたそうだね」
「ああ。だって掃除機のことを話したって信じてくれないだろうから」
「正論に見えるけど、本当は、学生のことをよく知ってたんじゃないのか」
「急にどうしたんだよ」
「いや、いろいろ気になることがあってさ。ただの警察の聞き込みでさ、学生の両親の話が出るのは・・・学生の家族背景つまり個人情報を、あっさり刑事が話すかどうかってことだよ。あとゴミステーションで掃除機を拾ったと言ってたけど、本当に拾ったの?」
「ひえー。鋭いね。まあ確かに学生さんとは挨拶程度の顔見知りだったよ。詳しく話たいけど、今はそれどこじゃない! 助けてくれよ。テレホンカードの残量があと少しなんだ、どうしたらいい、どうしたらいい・・・」
村本の声は半分泣いていた。
通話はぷつんと切れた。
私にも解決策がわからなかった。
村本はまるで掃除機の中に吸い込まれるようだと表現していた。私は目の前の掃除機を凝視した。
人間には理解できない異質の物体が、村本を異世界に連れて行ったということなのだろうか。
オーパーツ。
私は思わず呟いた。発見された場所と時代に整合性がなく、しかもなぜそれが存在するのか現代科学で説明できない物体のことだ。例えばコードレスクリーナーが1万年前の地層から発見されていたとしたら、誰がその理由を論理的に説明できるだろうか。もちろん、イタズラとかドッキリはなしだ。
だしぬけに、ブオンと威嚇するような掃除機の駆動音が鳴り、床が震動した。
私はスイッチを入れていない。ひとりでにオンになったのだ。
震動音に混ざって、砂をじゃりじゃり砕くような音声が、途切れ途切れに聞こえた。
<タスケテ タスケテ!>
<イガラシ、ドコニイル? スグソコニ、イルンダロ?>
友人の姿はどこにも見えなかった。
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