最悪の時

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  1  そいつは煙のような奇妙な塊だった。掃除機の吸い込み口から這い出してきて、再び私にからみつこうとした。  突然何の前触れもなしに、激しい怒りが私の脳天を突き抜けた。部屋の中を見回すと、壁際に電動工具のケースが目に留まった。  ケースの蓋をあけるといろんな工具が並んでいる。私はその中から電動式ドリルを取り出してスイッチを入れた。ドリルの先端が勢いよく回転を始めた。  掃除機を破壊してやろうと思ったのだ。  私の意図を知ってか知らずか、黒い塊は私の膝にからみつき、脚から下腹部を撫ぜ、胸元までなれなれしく迫ってきた。全身が性的で甘美な波に溺れそうになった。  ドリルのリアルな回転音がなければ、身を委ねていたかもしれない。私は渾身の力と意志を振り絞って、掃除機の胴体めがけてドリルを振り下ろした。  金属同士が擦れる乾いた音と火花が散った。  獰猛に回転するドライバー先端があっけなく弾き返された。私は矛先を柔らかそうな部位に切り替えた。  ゴムホースの焦げる臭いがたちこめた。  からみつく黒い塊は私から離れなかった。それどころか、私の喉元から唇を伝い、どろりと口内に侵入してきた。舌で押し返そうとするが、容赦なく押しのけて咽喉の奥まで流れこもうとしている。  気道を塞がれて呼吸できなくなった。  私は手足をばたつかせて激しく抵抗しながらも、ドリルを動かす手だけは休めなかった。  縦に斜めにメッタ刺しするように振り回した。私の視界に、道具箱に収まった万能バサミが映った。  私は左腕を伸ばして、もう一つの武器をつかんだ。  防御本能が反応していた。  右手にハサミを持ち替えると、刃先をホースに当て、胴体から一気に切り落とした。  黒い塊はひゅううと息遣いのような音をたてて私の体からずり落ちた。青い閃光に包まれながら、のたうち、掃除機の中へ吸い込まれていった。その刹那、非人間的な憎悪の叫びが響き、酸味を帯びた鉄の臭いが漂った。  それが部屋の空気に含まれたものなのか、私の口中に広がったものなのか、わからなかった。  私は崩れるように傍らの椅子に腰をおろした.
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