電池掃除機

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  1  春は目が回る。  入園入学、入社、人事異動。地方から都会へ、都会から地方へ、或いは海外へも。  引っ越し会社も悲鳴を上げる何とも忙しない季節である。    村本卓(すぐる)は学生時代からの友人で、とはいってもお互いに仕事をしているから会えるのは年に数回程度だが、遅咲きの桜も散ったとある晩春の夕方、東京飯田橋駅の改札口で村本と待ち合わせをして、近所の居酒屋で一杯やることになった。  神楽坂通りを登った先に学生時代からいきつけにしていた店があり、今回も美味い鶏の唐揚げを肴にどうでもよい話に花を咲かせた。  小一時間もたった頃、村本が急に神妙な顔つきになった。 「なんだよ、顔が怖いぜ。カネを貸せってのはナシだぞ」  村本のコップにビールをつぎながら私は予防線を張った。   「いやいやいや」村本はてのひらを顔の前で何度も振って否定した。「このあいださ、面白いモノを粗大ゴミ置き場で拾ったんだよ」 「はあ? なんだって? いくらゴミ捨て場にあっても、そっから持ってくると窃盗罪に問われるだろうに」  なんだ、タワイもない話の続きか。  私はほっとして大粒の唐揚げを頬張った。黙っていると、村本は続きを喋りはじめた。 「コードレスの掃除機がさ、ご自由にお持ち帰り下さいって貼り紙までしてあったから、試しに使ってみたんだ」  近所の住人が不要になった掃除機を置いたらしかった。掃除機だけでなく、壊れた椅子や収納ボックスなどのガラクタが山積みになっていたという。 「春先は引っ越しが多いからな。掃除機だってきっと新品に買い替えるから要らなくなったんだろ」私は適当に相槌を打った。「で、掃除機がどうしたって?」 「けっこう高性能なんだけど、ちょっと変わってるていうか・・・いや、吸い取りが悪いとかじゃなくて、良すぎるんだよね」 「お、拾い物には福来たるだな」  私は慣用句を茶化してからかった。だが村本はあまり笑わなかった。 「今度の日曜日、予定がなかったら俺んちへ来てくれないかな」 「え。掃除機をわざわざ見に行くのか」さすがに私は驚いて、友人の顔をまじまじと眺めた。「まあ、別にいいよ」  面白そうなので、私はあっさりと承諾した。
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