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約束した日曜日に、私は友人のアパートを訪れた。
よおと、挨拶を交わし手土産のスコッチと生ハムを渡したあと、早速掃除機を見せてもらった。
どこにでもあるありふれたコードレス掃除機だと思った。
本体は黄ばんだ灰緑色、ホースには引掻いたような傷が無数にある。確かに使い古された感はあったが、さりとて特別に汚いわけではない。
「これ電気掃除機じゃなくて電池掃除機なんだよ。ほら、充電ポートがない代わりに電池パックになってる」
村本の言う通り、スイッチボックスと電池パックが一体化していた。ゴミタンクには大きなステッカーが貼ってある。
<警告 故障しても絶対に分解しないで下さい>
分解したらもとに戻らないからだろうぐらいな軽い気持ちで、私は操作ボタンを押した。
予想以上に力強いモータ音の震動が伝わった。
「どこか汚れてる場所はないかい?」
私は室内を見渡した。村本は独身のくせに綺麗好きで、フローリングの床は清掃が行き届いていた。それでもなんとなしに掃除機のキャスターを滑らせた。コードがないのでスムーズに動く。ウイーン、ウイーンと吸引力も申し分なさそうだ。私はスイッチを切った。
「おれに掃除させるために呼んだわけじゃないよな。っていうか、よくこんなモノ、拾って来たな。いくら新品の掃除機を買うカネがないからって・・・」
「それに関してはツイてたと思う・・・」その割にには、浮かない顔をしている。「もう一度、スイッチを入れて掃除してみてくれないか」
「ああ、わかったよ」
私は言われるままに再度ボタンを押して清掃する姿勢になった。
モータが唸り、集塵を開始した。
掃除機をかけていると、妙な違和感が伝わってきた。
誰かが私の身体にぴったりとはりついているような人の体温を感じたのだ。例えば、初めてゴルフのフォームを練習するとき、コーチが手足の位置を具体的に触ったりする。<ほら、掃除機はこうやってかけるもんだよ>。背後に見えない誰かがそこにいて、私の手首や腕が動かされている、そんなあんばいなのだった。
私はスイッチを切った。
その途端、背中が軽くなって名状しがたい人肌感が消えた。
「なんだ、今のは?」
私は思わず叫んだ。
村本は薄気味悪い笑顔を浮かべた。
「ちょっと面白いだろ?」
「面白くねえよ」私はすぐに否定した。「よくこんなモノ見つけたな」
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