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「なんだよ、興味もってくれると思ったのに・・・」
村本は心外そうだった。
私は不吉なものを感じて当惑していた。
「この掃除機、知らない人が使ってたやつだろ、へんなのが憑いているんじゃないのか」
「ああ、確かに粗大ゴミごみ置場から失敬したけど・・・」
「けど、なんだ?」
「掃除機をかけていると背中に人がくっついている感じがするだろ。でさ、後ろ向きになって掃除機をかけてみた。こうやって」
村本は背中を掃除機に向けた状態でスイッチを入れた。つまり顔と腹は私の方を向いているわけで、後ろに手を回した格好で掃除機をかけ始めた。
「お笑い芸のつもりかよ?」
掃除機の駆動音に負けないように私は大きな声をだした。
「気持ちいいんだよ。女とヤッてるみたいで。なんか愛撫されてるみたいでさ」
村本は卑猥そうな薄ら笑いを浮かべた。快楽に溺れ、忌まわしい欲求に答えるかのように腰を上下に振っている。無形の触手に肉体をゆだねているような体位に見えた。
私は名状しがたい嫌悪感を覚えた。
「幽霊とのセックスなんかおれに見せつけるなよ。掃除をやめるか、酒を飲むかのどちらかにしろ」
「わかったよ」
村本は応じてスイッチを切った。
彼が掃除機を片付けている間に、私は勝手知ったるヒトの家とばかりに冷蔵庫から氷、食器棚からウイスキーグラスを取り出して、ダイニングテーブルに並べた。買ってきた肴も皿に盛りつけた。
「オンザロックをくれ、五十嵐」
村本は椅子に腰かけるなりぶっきらぼうに私の名を呼んだ。
私はスコッチウイスキーの黒い壜をふってみせ、それからおもむろにグラスに氷を入れ、金色の液体をなみなみと注いでやった。
村本は憮然とした顔で飲み分を眺めている。私も自分用のロックを作った。
「あれが妙なのはスイッチを入れている時だけで、普段は何もない。夜中にラップ音がするとかそんな心霊現象は起きてないよ」彼はグラスをあおった。「まあ、掃除機からある種の振動波が出て、体を包み込むんだろうな」
村本は怪しげな説を披露した。
私が全く興味を示さないので、彼は話題を変えた。
それからはいつものように、他愛のない話に終始した。
酔いが回り、酔いが少し覚めたころ合いを見計らって、私は腰を浮かせた。
「じゃあ、きょうはこのへんで帰るよ。今度は掃除機のない所で会おう」
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