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帰宅したら彼女に一報を入れてお互いの意思疎通をはかる約束事をしていたが、今夜ばかりは守れそうになかった。
私は逸る気持ちを抑えて、書留の封を切った。
出てきたのは無地の便箋に書かれた手紙と緩衝材の小さな包み。
手紙を読んだ。
前略
やっぱり掃除機の様子がおかしい。おれの体調もすぐれないんだ。もし連絡が途絶えたら、おれのアパートへ来てほしい。部屋の合鍵を同封しておく。迷惑をかけてゴメン。 早々
包みを開けるとアパートの玄関の鍵がでてきた。
友人は手抜かりをせずに救いを別の方角からも求めている。彼の身の安全が失われようとしているのに黙視するわけにはいかない。
私は鍵を握りしめた。
村本が住んでいるアパートに到着したとき、私のケータイ時計は午後八時をまわるところだった。
通路に面した村本の部屋の明かりが、曇り窓からこぼれていた。
すでに帰宅したのだろうか。
当惑しながらインターホンを押した。
ドアノブを回すがロックがかかっていたので、鍵をさしこみそっと開いた。
その瞬間、不吉な気配を感じた。部屋の中はそこに主がいるかのように明るくかったが、気持ちを落ち着けようと一呼吸すると、むかつくようなシャンプーの匂いが鼻をついた。その香りは生暖かく湿っており、開け放しになった浴室から漂っていた。ぴちゃぴちゃと水の音も聞こえた。電気もついている。
床に衣類が散乱していた。
上着、タイ、スラックス、シャツ、靴下、トランクス。
「村本! なにやってんだ!」
私は大声を上げながら開け放しになった浴室をのぞいた。
誰もいなかった。
湯舟から湯気がのぼり、シャンプーボトルから白い液がこぼれて床の水と混ざりあっていた。今しがたまで使用していたと思われた。念のため浴室と隣り合わせになっているトイレものぞいたが誰もいなかった。
私は浴室給湯器の電源を切った。
胃のあたりがしこりとなって疼いた。どうすればいい。どうすればいい・・・それだけの文字が頭の中をぐるぐると駆け巡った。
落ち着け、落ち着け。自分に言い聞かせる。
掃除機と村本の因果関係を調べるために、私はやってきたのだ。
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