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一見すると至って普通の高校生に見える彼は、ベンチに腰掛けたと思ったら、またすぐに立ち上がり、キョロキョロと辺りを見渡しては時計を確認して、何だか落ち着かない様子だ。明らかに、誰かを待っている。
ベンチの前を右へ左へ行ったり来たりしたかと思えば、また時計を見上げる。その仕草は、ケージの中でチョコチョコと動き回っているハムスターみたいで、楠木は遅刻していることも忘れてついつい見入ってしまっていた。
毎日ずっと、ああして待ってくれていたんだろうか。
トクン、と一つ胸が鳴って、自然と口許が綻ぶ。
少し浮つく足をようやく一歩踏み出しかけた、そのときだった。
彼の元へ、一人の女性が近付いてきた。
楠木たちより随分年上の、髪が長い綺麗な女性だ。
その女性に何やら声をかけられたらしい彼が、振り向いた瞬間、ピンと背筋を伸ばすのが見えた。ちょっと緊張したような、紅潮した横顔。
───なんだ、俺じゃないのか。
途端に、胸の奧で何かが急速に萎んでいくのを感じて、楠木はそんな自分自身に首を捻った。
……どうして、ガッカリしてるんだ?
そもそも既に三日連続ですっぽかした上に、今日だってもう一時間も遅刻している。手紙の主がとっくに帰ってしまっていてもおかしくない。むしろ、そっちの方が当然だ。
なのに、彼が手紙の主だったらいいのに、なんて、そんな都合のいいことを漠然と考えてしまっていた。
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