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浅葱色の羽織と鉢金の紐がなびく中、腰には刀らしき物を差していた。
本物、ではないはずだ。
新選組のコスプレした人だろうか。
「何故このような場所にいる?何かを盗みに来た、というわけじゃないな?」
「初対面で泥棒扱いとは、失礼ですね」
藤田さんと相対する彼は、私達を見下すような態度をしている。
その人は、懐に手を入れると素早く、私達の方に何かを投げつけた。
「危ない!!」
「……っ」
藤田さんに私の肩を抱き寄せられ、ガンッと壁に何かが当たりカランッと金属音が聞こえた。
未だに状況を理解できていないまま、振り返ると床には、鋭い刃物のような物が落ちている。
それを見た私は、すぐに状況を把握し、全身から血の気が引いていき、恐怖で身体が震えた。
私の肩を抱く藤田さんの手に力が込められる。
「正常者じゃない、か。お前、人を殺すことが目的か?」
「僕は……無闇に……人を殺したりなんか……しませんよ。僕は、近藤さんや土方さんの命令に従うだ、け……ごほっごほっ!!」
近藤さん?土方さん?
まさか、この人は……。
その人は、突然顔を歪めると前屈みになって激しく咳き込み始める。
そして……。
「待て……っ!」
「……っ」
「ちょ……藤田さんっ!?」
ぐらりと彼の身体は傾き、屋上から下へと落ちていく。
藤田さんは、彼を助けようとしたためかすぐに走り出して手を伸ばしたが、彼と共に下へ投げ出してしまった。
そんな私も落ちそうになった藤田さんを助けるために手首を掴むものの、力が無く重力に従って下へ引っ張られていく。
ビルの真下が見えた。
『せめて、佐理だけでも……』
私の頭の中で男の人の声が聞こえる。
冷たい水の底へ私は墜ちていく。
落ちる……、オチル、深く、冷たい場所へ……オチテいく。
ワタシの、身体が……墜ちていく。
幼い頃の私の記憶の断片だ。
いつもの変わらない日常。
その日常は、誰かの手によって変えられる。
浅葱色の羽織を着た人物に導かれ、私の日常の何かが変わろうとしていたーー。
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