第一章 浅草

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第一章 浅草

打ち切りを命じられた帰り道。 こんな日にプレミアムフライデーとは腹立たしい。足取り重いブラックフライデーへようこそ、という感じだ。 実際、業績悪化は聞いていた。 ウェブページの記事を執筆していたが、外注した方が安上がりになることも、外注するための指示書を書くのが得意なのが残った人たちだという事も。 冷静になればわかっているけど、それは他の人は長い事ライターとして活動してきた経験があったからで。 真面目にやって、無理な納期にも応えて、それでも経験が無いから得意になっていない事をものさしで計られた挙句にダメだなんて、悲しかった。 こんな考え、社会じゃ通用しない。そんなこともわかっているからこそ、だ。 肩を落として電車に乗る。人混みの押されながら、ついふらふらと。 プレミアムフライデー。他の人も早く終わるから、交通機関は全然プレミアムじゃない。 一緒だね、ブラックフライデー。なんて思いながら揺られていると……。 「次は~浅草駅~浅草駅~。降り口は右側です。」 車掌さんの声が聞こえる。くぐもった声だけど、はっきりと浅草駅と言っている。 浅草駅……。 「浅草駅!?」 「お嬢ちゃんどうしたの?」 急に大きな声を上げた私に、辺りの人が驚いた顔で見ている。訂正、ドン引いている。 まわりに頭をさげてすみません……と会釈をして、声をかけてくれたおじさんには寝過ごしましたと笑いかけた。 だが内心困っていた。盛大に路線を間違え、盛大に乗ってきてしまったのだ。 私の家は浅草駅じゃない。浅草駅から40分かかる、阿佐ヶ谷駅だ。 「浅草~浅草~」 車掌さんの声と共に開いた扉でとりあえず降りる。 降車する人は多くて、スムーズに降りられた。 着いた場所は、東京の観光名所、浅草。 雷門に阿吽像。そういえば一度しか来たことがなかったっけ。と思いながら、阿佐ヶ谷駅に乗り換えるホームに歩いた。 だけどその前に、地上につながる階段の先に青空が輝いて見えたから。 「……少し、行ってみるか!」 私はブラックフライデーをプレミアムフライデーにするために、階段を上ることにした。
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