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◆◆◆
「……ふぅ、変なのに会っちまったな」
まあ、可愛くはあったけど。
「ハーフ、とかかな?」
話しかけてきた言葉に日本語であったが、見た目はほぼ外国人だった。
肌の色は日本人に違い色味だったが、腰にも届くかという長い髪は染めたものには見えない薄い茶だったし、瞳の色にいたってはこういうのをエメラルドグリーンっていうのだろうな、と思わされる緑。細くて小さな顔に、ピンクのリップが塗られた唇は少しぽってりとしていて。
まだ幼さの残る顔立ちではあったが、アイドルと言われても十分納得のできる見た目だった。
「……可愛いのにねぇ」
健とて健全な17才。中二病でなければぜひお知り合いになりたいところだったが。
「うーん、残念」
もっとも二度と会うこともないだろう。
念のためしばらくはランニングのルートは変えた方がいいだろうが、そのランニングルートとて自宅である6畳ワンルームのアパートからは一駅以上ある。
パクリと途中のモーソンで購入したカリガリくんを口に入れながら、健はのんびりとそんなことを思った。
その頭からは「アナタは異世界の勇者に選ばれました」というセリフの前の、「御手洗健さん」という名指しの事実がすっかりと抜け落ちていた。
もしかしたら見知らぬ中二病少女に名を知られているという事実から、あえて目を背けたのかもしれないが。
目を背けられない現実に行き当たるのは、そのわずか10分ほどの後のことであった。
「お帰りなさい。御手洗健さん」
健は今時珍しいほど古びた鉄製のドアを軋ませながら開けて、無言のまま閉めた。
差し込み口の錆びたシリンダーキーを回す。
カチリ、と音を立てて鍵がかかった。
鍵は合っている。
背筋を冷や汗が伝う感触を感じながら、恐々と視線を上げてドアの脇にある欠けたプラスチックの枠に差し込まれた紙の表札を見る。
お世辞にも達者とは言えない油性マジックの文字列。
〈御手洗〉
そこには幼少時から散々「お手洗いく~ん」だの、「トイレ」だの、嘲笑の対象になった自分の名字が確かに健自身の字で、書かれていた。
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