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〔4〕診察室、その1――烏鷺《うろ》恭介
次の患者は女性だった。
烏鷺は、珍しいなと思うと同時に、面倒だなとも思っていた。
泌尿器科はデリケートな科だ。場所が場所だけに、男性医師が女性患者を、また、女性医師が男性患者を診ることは、他の科以上に敬遠される。烏鷺自身にとっては、男性患者であろうが女性患者であろうが、「診る」という点において違いはないのだが、患者も同じかというとそんなことはない。女性の場合は恥ずかしがるし、病状を話してくれないことだって、ままある。一度なんて、診察室のドアが開いたとたん、「男!? 信じらんない!」と叫ばれたことがあった。20代と思しきその女性は、色白の顔をみるみる真赤にすると、烏鷺に向かってバッグを投げつけ、そのままドアを閉めて帰ってしまった。烏鷺は額を切って二針縫ったが、運よくその日は当直明けで寝不足だったから、痛みはさほど感じなかった。その後、彼女がどうなったのかは知らない。別の病院に行ったか、別の先生に診てもらったか。とにかくそれきり会うことはなかった。
そんなことがあって以来、この病院では、男性医師には男性患者を、女性医師には女性患者を、という振り分けが行われるようになった。ただし、緊急時をのぞいては。
そして今日がその「緊急時」だった。担当の女性医師が急病で欠勤してしまったのである。
(ツイてないなあ……)
烏鷺はため息をついた。
だが、仕方がない。病気は待ってくれないのだ。
烏鷺は女性のカルテと問診票を見た。
〈桃井杏。35歳。症状が出始めて2週間〉――か。
次に烏鷺は尿検査の結果が書かれた感熱紙を見て、少し顔を曇らせた。
(……これは。厄介だぞ)
数秒間、頭をカラにして、どのように患者に説明すればいいのかを考えてみたが、はっきりとした答えは出なかった。であれば、やれることは一つだ。シンプルで誤解のない言葉で説明する。これしかない。
「桃井さん、5番診察室にどうぞ」
烏鷺は深呼吸すると、机の上に置いてあるマイクのスイッチを入れ、静かにアナウンスした。
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