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杏はいつもの癖で相当な早口でまくしたてていたのだが、烏鷺はちゃんと聞いていた。聞いている”フリ”はしていなかった。杏としては丸投げしてきた烏鷺に少しばかりの嫌味を込めて反撃したつもりだったのだが、その嫌味は不発弾となって、杏と烏鷺の間に転がった。
「そういう都合のいいものはないんです。それにこれは言っていませんでしたが、この薬は膀胱を広げる効果はありますが、膀胱が広がるせいで、膀胱には今までよりも多くの尿を溜めることができるようになります。それは腎臓病のリスクにつながることがあります」
「あっ、ちょっ、ちょっと待ってください。なんですって? 腎臓病のリスク?」
杏に対抗したわけではないだろうが、今度は烏鷺が爆弾を――少なくとも杏はそう思った――持ち出してきた。杏は焦って尋ねた。
「それはどういうことですか?」
「膀胱は筋肉です。筋肉は伸び縮みすることができますよね?」
「ええ」
「筋肉が伸びるから尿を溜めることができるんですが、尿が溜まりやすくなってしまうと、今度は腎臓を悪くしてしまうリスクが高まるんです。そうすると透析をしなければならなくなる。透析は命に関わる病気なので――」
「つまり、この薬を使うと、不快感はなくなるけれど、腎臓病になるということですか?」
「100%ではありません。けれど、その確率は高くなると思います」
「ちょ……、それ先に言ってくださいよ、先生。副作用云々より、そっちのほうがよほど深刻じゃないですか」
脱力した杏は思わずそうこぼしていた。嫌味でもなんでもない率直な感想だった。
すると烏鷺は、
「すみません」
と謝った。そして、
「普段、ここまでの説明はしないので」
とつけ加えた。
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