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投げやりとか無関心とか、ましてや意地悪とか、そういった概念は彼の頭の中には存在しない。まあ、彼がよほどのサディストであるのなら話は別だけれども。だが、杏は、彼のどこからも異様な匂いを感じ取ることはできなかった。”どこにでもいる普通の医者”。診察室に入った瞬間も、今も、杏が烏鷺に対して感じている印象はずっと同じだった。
(……にしても、丸投げかあ)
杏は心の中でため息をついた。
烏鷺を見ると、彼は再びパソコンの画面を見ていた。多分、待っているのだろう。”あなたのターンですよ”――烏鷺は全身でそう言っているように思えた。
(仕方ない)
ただ待っていても、いたずらに時間を浪費するだけだ。杏はもう一度、今までの情報を整理することにした。
ただし、自分の心の中で、ではなく、烏鷺の目の前で。
「先生」
「はい」
杏の呼びかけに烏鷺が応じた。
「聞いていてほしいんです。いいですか?」
「え? ええ」
烏鷺は杏の言葉の意味が分からないようだった。だが、杏は烏鷺の疑問を無視して続けた。
「症状は下腹部の不快感です。普段はそこまで酷くはないですが、冷や汗かくくらい酷かったアレがまた来るかもと思うと嫌だなって思います。そして薬のほうは、膀胱を広げるものって仰ってましたね。不快感は治まるけど副作用がある。主な副作用は、口の渇きと便秘と眼圧、でしたっけ。口の渇きというのはよく分からないですが、便秘は嫌ですね。これも人によって出方に違いはありそうですが、もし酷い便秘になったら……また薬を使うんですかね? まさかね。いや、まさかでもないですかね。けど、薬の副作用を薬で抑えるってなんだかなあ。まるでイタチごっこですね(笑)――って笑ってる場合じゃないですね。あとは眼圧ですが、これも体験したことがないからよく分かりません。あ、わたしは別に個々の副作用について詳しく知りたいというわけではないんです。ただ、薬を飲むか飲まないかを決めるのはわたし自身だとおっしゃったので、情報を整理したいなと思ったんです。そういえば、話しながら一つ思ったんですが、症状が出たときにパッと飲めばパッと効くような頓服薬はないんですか?」
「ありません」
烏鷺は即答した。
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