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空港まで一緒に来てくれた彼は、いつまでも彼女の手を離そうとしなかった。
別れるのが名残惜しくて彼女自身が話をして引き止めるだろうなと思っていたのに、彼の態度は予想をはるかに超えた。
彼女が帰省を終えて、勤務先のある街――ボストンへ戻る日、朝から彼はずっと「行ってほしくない」といった旨のことを言い続けていた。
それは執拗に。質の悪いひゃっくりと同じくらいと言ってもいい。
全く見たことのない様子だった。
「それでも行かなきゃ」と彼女は心苦しみながら言ったら、それ以上に、半ば駄々をこねるように「それでも離れたくない」と言って彼女を離してくれなかった。
何とか説得して「空港までは一緒に来て」と頼んで来てもらったものの、これではゲートを通れるかどうかも怪しい。
――どうしたのロン。あたしと別れたくないの……?
小さく尋ねると、うんと素直な返事が返ってきた。
「そうなの……!」
それ自体は単純に嬉しくて、彼女はひしと彼に抱きついた。――しかし、縄が体にぐるっと巻き付いたように腕がきつく回される。
「このまま帰るんだ」
「ちょっと――!」
捕まったが最後、本当に来た道を引っ張って連れて行かれそうになった。慌てて足を踏ん張って止める。
「それじゃ空港に来た意味ないでしょう……うっ」
「――そうだよ、ねえよ。帰るぞ……」
「だめなの、ロン1人で帰って。あなたはあたしを見送りに空港に来たの、であたしはボストン行きの飛行機に乗るためにここに来たのよ――」
どうしたものだろう。たしなめるような口の利き方ではもはや無駄なのだろうか。
彼の平静がすっかり失われていた。ただ、肉欲に駆られたときの興奮状態でもなかった。
――こんな彼を見たことがない。
思い返せば帰省して彼に会いに行った時も、同じように思ったのだった。
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