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ノエルの身に何か起きたのではないかと心配するヴェンは、風が吹き止むのを待った。
しばらくすると吹き荒れていた風も止み、目を開けることが出来た。
「ノエル。大丈夫か?」
よく見るとノエルがいつも身に着けているある物が無い。
肌身離さず身に着けているそれは、父から譲り受けた大切な物で、ノエルがそれをどれだけ大切にしていたかも知っている。
心配そうに駆け寄るヴェンを他所に、ノエルは突然と走り出す。
「おい! 待てよ!」
ヴェンも必死になって後を追うが、ノエルとの差はどんどん離れていく。
日頃から街を走り回っているヴェンは、足の速さや体力には自信があったのだが、そう思っていたことが恥ずかしくなるほどにノエルは速かった。
大切な物が風に飛ばされたことで、無我夢中になっているのだろうけど、それにしてもトップスピードを維持したような走りは、後ろから見ていても凄い気迫だ。
あの突風で飛ばされたのはノエルのトレードマークであるハンチング帽。
父から譲り受けた先代からの帽子で、ノエルはその帽子を実に気に入り大切にしていた。
それがあの突風で飛ばされ、森の方へと向かって飛んでいく。
風に乗り、空を踊るかのように宙を舞い、ヒラヒラと森の中へと吸い込まれていく。
ノエルは森に入っていくその帽子を見て「待って!」と大きく叫ぶが、当然帽子に意思はないので止まりもしない。
それどころかノエルを森の中へ誘い込むように消えていく。
帽子を追い、森に飛び込もうとするノエルだが、目の前にある森が「おいで」と手招いているように見える。
森は不気味に笑うかのような表情で、この先に入ると二度と出てこられないと思わされるほど暗く、濁った雰囲気が漂っていた。
ノエルの足が森の目の前でピタッと止める。
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