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自分の意思で止めた訳じゃない。
体がこの先は危険だと勝手に判断し、足が止まったのだ。
ノエルの全身がこの森を拒絶していた。
なにか深い理由がある訳ではない。ただ危険なのだ。
ガタガタと震える足を抱きながら、ノエルは膝を折り地面にお尻を着けた。
もう無理だ。帽子のことはもう諦めようと思うほど。
すると少し遅れて大声で叫びながら走ってくる少年がいた。
その少年はボサボサの頭をして、勢いよく走りノエルの横を駆け抜けた。
「ヴェン!」
ノエルが呼び止めるが、ヴェンはそれを無視して森の中へと消えていく。
ヴェンの後姿はすぐに見えなくなり、それと同時にもう二度とヴェンと会えないかもしれないという不安が頭の中を一気に駆け巡る。
後を追う勇気も、この状況を打開出来る案もなく、ノエルはただ震える膝を抱きその場に座ることしか出来なかった。
森が大きな口を開け、ヴェンのことを食べてしまった。
そんな不吉なことばかり頭の中を過る。
夕刻。
日も暮れ始め、工業区や開発区、農業区で働く住民たちが家路に向かう時間になってもヴェンは森から出てこなかった。
時間が立つに連れ、不安と鼓動が比例するように大きくなる。
するとノエルが座っているよりも数メートル向こうの方から、ガサゴソと音がする。
その音の方へ駆け寄ると、ボロボロの服がさらに破け、頭には枝や木の葉を乗せたヴェンが現れた。
靴は泥で汚れ、顔にはさらに小傷が増えている。
元々ボロボロのようなヴェンが今まで以上に使い古されたような格好で帰ってきたのだ。
あまりの驚きに声が出ないノエルは言葉よりも先にヴェンに抱き着いていた。
「痛いよ。心配かけて悪かったな。それよりこれ」
ヴェンは右手に持っていたハンチング帽をノエルに差し出すと、ノエルは大きな声で泣いた。
人目も気にせず、目からは大粒の涙を流し、どれだけ不細工な泣き顔であろうと関係無いと言わんばかりに泣いた。
ノエルにとって大切な友人と、そして大切な帽子。
そのどちらもが自分の元に帰ってきた喜びは計り知れないだろう。
ヴェンの目も少し赤みがかっているが、「そんなに泣くなよ」とどこか嬉しそうな声で言った。
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