1 糸の繋ぎ目

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 今日はいつもより早く学校に行きたい理由が私にはあった。  教室に入るとまだ誰も来ていない。電気もついてない教室は朝にも関わらず少し薄暗く、空気が冷やりとしており、生徒で賑わっている昼間と比べるとまるで別世界のようだ。  私の席は窓際の一番後ろだ。そこに荷物を置き、読みかけの小説を手に取り字を追う……ふりをして、こっそりと視線を校庭の方へと移す。グラウンドではいくつかの部活が朝練をしている姿があった。  私は、数人の塊となって、グランドを走っている陸上部の一人を見付けると、そこで視線が止まった。  ーー滝一(タキハジメ)君だ。 「いた……」  彼の存在を見付けたあと、適当なページを開いた小説をそのままに、暫くぽおっとその姿に釘点けになる。  彼は、同じクラスメートで、いつも笑顔が絶えないムードメーカー的な存在だ。成績は良い方ではないが、運動神経は割合と良く、なにより笑った時に顔がくしゃりと可愛いく崩れるところが魅力的であった。同じクラスになって、その笑顔を初めて見た時から、自然と彼のことを目で追うようになってしまった。 「教室だと、見過ぎて目が合うと変に思われちゃうし……やっぱり、朝練をしている姿を遠目で見るのが得策よね」  誰に言うでもなく、独り言を言いながら小説で口元を隠す。  本当はこんな遠くで見ているだけなんて物足りない。  もっと近くで話したい。  そう思っているのに私には勇気が無かった。  いつも賑やかなメンバーで集まっている彼に話し掛けるなど、教室の隅で友達と静かに話している存在の私には、とても難しいことだった。  そもそもこの気持ちが本当に好きかどうかもまだはっきりと分かっていない……。  確かにドキドキはするけど、ただ気になっているだけでは、好きとは違う気がするのだ。 「ちゃんと滝君と話すことが出来て、もっと仲良くなれば、このうずうずとした気持ちの正体もはっきりするはずなのに……。仲良く、なりたい……なりたいけど」  ーー自分には出来ない。  周りに誰もいないことを良いことに願望がぽろりと口から漏れて、叶わぬ願いに心が沈む。  こうやって、彼の存在を目で追ったりしては、一人舞い上がったり落ち込んだりしてしまうということは、つまりはそういうことなのだろう。  でも残念なことに、今まで、自分の気持ちにうっすらと自覚しても、それから行動を移すことをしたことが無く、今回もそのパターンだ。 「……はあ」  相変わらずの自分の奥手な性格に溜め息を出さずにはいられなかった。
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