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「高原さん」
夜の歓楽街を歩いていて、声をかけられたのは初めてだった。
その街の人たちは割と高原の顔を知っている人が多いらしいが、どちらかというと怖いものを見たような顔で視線を逸らされることが多かったからだ。
それは、高原が必ず桜田の手を恋人繋ぎでがっちり繋いで歩くからかもしれないし、そんなことは関係なく、一人で歩いていてもそうなのかはわからなかったけれども。
とにかく、その甘えるような高い声は、高原の名を呼んだ。
桜田は、反射的に高原の顔を見上げた。
彼の顔は、桜田を見るときのような笑顔ではない。
いつか、宇賀神に対面したときのような少し厳しい無表情に近い顔だ。
「あかり」
しかし、その表情とは裏腹に、彼はその、いかにも風俗嬢といった感じの盛り盛りのメイクをした派手な美人のファーストネームを呼び捨てた。
「珍しい時間に、珍しいお供連れてるねっ」
語尾にハートマークが付きそうな喋り方で、あかりと呼ばれた美人は、じろじろと桜田を見た。
そして、可愛らしく小首を傾げて、高原を上目遣いに見上げる。
「お供…じゃなくて、フーゾクで働く子?ホスト?それともウリ專?どっちにしても、なかなか可愛いから人気出そう」
働かねぇよ、と桜田は思ったが、それを言葉にして出すと、それらの職業に就いている人たちを侮蔑することになりそうだったので、喉元に留めた。
そのかわりに言ったのは、高原だった。
「こいつは俺のだ。俺が恋人を、男相手だろうが女相手だろうが、接客なんかさせると思うか?」
ふぅん、とあかりはつまらなそうに相槌を打つ。
もう一度、値踏みするように上から下まで桜田を見る。
そして、意地の悪い笑みを口の端に浮かべた。
「そうだったね…あたしのときもそうだったもんね」
付き合ってる間はフーゾクで働くなって煩かったよね。
あなたはあたしの父さんかって言うぐらい。
「あたしは言うこと聞かないで、宇賀神会と関わりの薄いとこでコソコソ働いてたけどさ…お金、欲しかったし」
この子は言うこと聞いてくれる子なんだ。
純情そうだもんね、高原さん好みの。
あかりの続ける話なんて興味なかった。
桜田は、この派手な美人が高原の元カノだという事実に、やっぱりショックを受けていた。
そうさせることが、その女の目的なのだということは十分すぎるほどわかっていたし、なんとなく元カノなのではないかと予期はしていたけれども。
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