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「ちょっ…待てって、あっ…」
いつものホテルの部屋の中に、押し込まれるようにして雪崩込んで、ベッドまでのほんの数歩が待ちきれない、と言わんばかりに、狭い入り口の壁に押し付けられた。
抗議の声を塞ぐように、唇を重ねられる。
高原の舌は熱い。
貪るように口内を蹂躙され、唾液を吸われ、吐息すら奪われるような。
桜田は、弱くその胸を押す。
力がうまく入らない。
甲高い水音とともに、ようやく唇が解放された。
「…どうした?」
高原は、ちゃんと、弱くでも抵抗していることに気づいてくれている。
「嫌か?今日はしたくないのか?」
顔を覗き込むように聞かれた。
桜田はまだ息が整わない。
はあはあ、と大きく息を何度かついて、少し睨む。
「…どさくさに紛れて抱かれる、みたいで、イヤだ」
高原には、思い当たるところがあったようだ。
フゥ、と小さく息を漏らした。
「全く…鼻が利くな、お前は」
くしゃり、と髪を撫でられる。
「そうだな、俺は焦っていた…昔のオンナをお前に見られて、愛想尽かされないかと不安になった」
まだ叩けばいくらでも埃の出る身体だ。
「そういうことを、崇史は嫌がりそうだから」
高原は、桜田の頭から手を離した。
スーツの上着を脱ぎ、ハンガーにかける。
いつも思うけれど、片手でネクタイを緩める仕草がすごくセクシーだ。
大人の男の仕草。
「お前がそれを信じてくれるかどうかはわからないが、過去のオンナと鉢合わせて、こんなに焦るのは初めてだ」
言いながらベッドに移動し、どさりと腰かけて隣をポンポンと叩いた。
座れという合図らしい。
桜田は、まだ少し複雑な気持ちを持て余している。
素直にすぐ隣に座る気になれず、ちょうど一人分ぐらいの間を空けて、座る。
高原は、困ったような顔をした。
「降参だ、崇史」
頼むから、機嫌を直して欲しい。
「俺は、お前に嫌われたくない」
どうすればいい?過去はなかったことにできない。
桜田は、高原の顔を横目でチラリと見た。
あのいつもキリッとかっこいい顔をしている高原が、眉を少し下げて情けない顔をしている。
こんな顔、あの「あかり」とかいうひとにも、それ以外のこれまで高原と付き合った何人ものひとにも見せたのだろうか。
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