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本当は、どうしても就職が決まらなかったら、宇賀神が社長を勤めているフロント企業に押し込むこともできる。
というか、そうなればいいのに、とさえ思わなくもない。
そのほうが、手元に置いて見守ることができる。
でもきっと、あまりに近すぎるのもよくないのだろう。
桜田があの日、川嶋のマンションで宇賀神に漏らしたという本音を聞いて、高原はそう思ったのた。
でき得る限り、命を落とさないようにはしたい。
しかし、いつ何が起こるかわからないのがこの稼業だ。
あまりに全てにおいて近くにいすぎては、彼を喪ったときに桜田が受けるダメージが大きすぎるだろうから。
できれば、職場は違うほうがいい。
そうすれば、万が一のとき、そこが逃げ場になるかもしれない。
高原のいない人生を生きるための、とっかかりになるかもしれない。
それは、もしかしたら、高原が生きていても、或いはそうなるかもしれないけれども。
彼よりももっと、この可愛らしくて勇敢で真っ直ぐな子犬に相応しい相手を見つけて。
そんなこと、許したくないけれども。
でも、もしもその相手が、一生桜田の側にいてやれるというのであれば。
ーーいや、健気な覚悟を決めてくれた桜田に対して、酷く身勝手なことはわかっているけれど。
やはり自分が生きている間は、どうしても他の誰にも渡したくない。
握っている手を、絡めたままの指の腹でそっと撫でる。
「くすぐったいからやめろって」
手を握ることについては最早何も言わなくなった桜田が、抗議するように少し唇を尖らした。
「これだけで感じるか?」
からかうように、そう言えば。
「ちげぇよっ」
更にその唇が尖る。
「これじゃ足りないってことか?」
「はあ?!」
「さすがの俺も、これだけ人通りの多い往来で、あまり卑猥なことはできないぞ」
公然猥褻で捕まるヤクザなんか笑い者だろう?
「そんなことしろって言ってねぇし!」
「続きはお前の家で、な」
耳許に甘く囁けば、可愛くキャンキャン吠えていた子犬が急に黙った。
まるで、飼い主に「ステイ!」と言われたみたいに。
上手に待てたら、後でご褒美が必要だな。
高原は、握る手に力を込めた。
身勝手だと、酷い男だと、どんなに詰られても罵られても構わない。
それでも、死ぬまでこの手を離したくない。
この子犬は自分だけのものだ。
身体も、心も、全部。
fin
2018.12.26
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