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高原と会った翌朝は、ものすごくリアルで楽しい夢から覚めたばかりのように、現実になかなか馴染めない状態になる。
就職のこととか、考えなくちゃいけないことがたくさんあるのに。
桜田の実家は、北関東の某県で不動産業を営んでいる。
実家は昔、そのあたり一帯の地主だった家柄で、一昔前に幹線道路を通すためにそこそこの土地を国に売却し、一財産を築いたかなり裕福な家のお坊ちゃんなのだ。
しかも、彼は四兄弟の末っ子で、家族みんなから愛され、甘やかされて育っていた。
たぶん、就職活動なんてしなくても、実家に戻れば何かしらの仕事は与えて貰えるし、一生食うに困らないで生きてはいけるという、他人から見たら非常に羨ましい環境にあることはわかっている。
だけど。
実家に戻ったら、高原との交際を続けるのは難しいだろう。
高原はただでさえ忙しい。
距離が離れたら、それに伴って会える回数が減っていき、自然消滅してしまうのではないか。
そんな不安が、最近桜田をずっと悩ませている。
できれば、東京で就職したい。
そして、このままこっちで一人暮らしを続けたい。
……高原と、ずっと一緒にいたい。
これまであまり就職活動になんか一生懸命になるつもりはなかったし、将来就きたい職業なんてものも真剣に考えたことがなかった。
ただズルズルと、実家に戻って家業の手伝いをする将来しか、見ていなかったから。
でも。
桜田のそんな気持ちも、高原はどう思うだろう、と考えると萎えがちになる。
高原はそれこそ、学生の間だけ桜田の身体を弄べればそれでいいのではないか。
そうでなくても、あんなにかっこよくて、喧嘩が強くて、エッチも上手くて、仕事ができる男だ。
桜田みたいな平凡な大学生なんて、ただ若いってだけしか高原の興味を引くところがない気がする。
就職して、社会人になって、オッサンになっていく自分になんか、あっという間に興味を失ってしまうのではないか。
そうであるならば、いつまでも東京にしがみついているより、地元に戻って自然消滅していく未来のほうが幸せなのではないか。
女々しいなぁ。
桜田は、大きなため息をついた。
自分らしくない、ウジウジした悩みだ。
ほんの何時間か前までは、高原の腕に抱かれて、とてもとても幸せな気持ちしかなかったのに。
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