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日々、補習のために登校してる身としては、登校日なんて補習以上に出てくる意味が分からない。たった数日しか会わなかっただけなのに「久しぶり」とか「元気だった?」とか、学校中が鳥の巣になったみたいに騒がしく、みんないつもより楽しそうだ。夏休み中に息抜きでもしてきたのだろうか。キャンプ行って、ディズニー行って、旅行行って…。
「よーぅ、冴島」
ガッガッと音を立てて椅子を引きずりながら、佐々木がわたしの右横を陣取った。この人も、毎度飽きないな。
「聞いたかぁ、サオリが祭りで男と手ぇ繋いでたらしいぜ」
「ふぅん」
「もっと驚けよ」
「前からそんな気はしてたから」
「知ってたのかっ。スクープだと思ったのに」
「知ってたわけじゃない。ただのカン」
「カンって何だよ。霊感?おま、霊が見えんの?」
坊主頭のニヤニヤをスルーして、窓の方を見る。サオリは最近、わたしの嫌いな顔をし始めていた。それは、花屋に来てた三人組とか、あの人が電話で誰かと話している時にする顔と同じやつだ。そういう顔をしている女子は、三年生になってから結構多い。ガラスに映った、クラスメイト。あの子も、あの子も、ほら、あの子も。
「何見てんだよ」
佐々木がわたしの机に身を乗り出して、窓の外を覗いた。男子特有の匂いが鼻先まで近づいたので、反射的に身を反らす。
「あ!何だ、あの花。あんなとこに木が立ってたんだな」
「百日紅だよ」
「ひゃ?」
「そーゆー名前」
佐々木は『意外』と顔に書いてわたしを見た。
「へぇ。よく知ってんな。あ、あれは俺も知ってるぞ。菊だろ」
「あれはジニア」
「じゃあ、その隣のやつが菊だろ」
「そっちはマリーゴールド」
佐々木は菊って名称しか知らないのだろうか。まぁ、わたしだってつい最近まで、それらを何気なく菊なんだと思ってたんだけど。ここのところ、道端に咲く花の名前が分かるようになった。あの花の名前は何だったっけ、とシロの声を思い出すのだ。雨音みたいな彼の声は、わたしの耳の奥で螺旋状にリフレインして、その度みぞおち辺りを温かくさせる。
あれ以来、花屋には行っていない。店長さんに誤解されているのが恥ずかしくて、とてもじゃないけど足が向かない。お陰で、わたしの日常は、日常に戻ってしまった。
淡々と、家と学校の往復をするだけ。
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