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ビニールハウスの中は、香りのルツボだった。濃厚で甘酸っぱくて、それに加え、柔軟剤とか芳香剤では出せない、少し苦い青々しさ。蒸気のように立ち込める匂いは、ペトリコールに似ている。
ここは、切り花がバケツに浸かって売られている普通の花屋さんとはちょっと違っていて、ありとあらゆる空間や地面に、小さな苗や花の株がいろどり良く置かれている、ちょっと変わった花屋さんだった。
「これは?」
「ニチニチソウ」
「これは?」
「ベゴニア」
「これは?」
「インパチェンス」
シロの声を聞きながら、制服を通り抜けて素肌にまとわりつく香りを、思いっきり吸い込む。花について教えて、なんて言ったけど、横文字だらけで全く頭に入ってこない。英語は好きじゃない。そもそも勉強が好きじゃない。だけど、会話が途切れるのが嫌で、理解しているふりをする。
「えーっと…あ、これはなんで『トレニア』っていうの?」
「Torenという人が発見したから、Toreniaという意味」
「ふぅーん」
ピンクとか黄色とか紫のラッパもどきな花を指して言われたけど、分かったような分からないような。
「こんなに暑いのに花が咲くんだね」
「今、置いてあるのは基本、暑さに強い花だ。夏だからこそ、咲いている」
「お店の中、ちょっと暑いもんね」
「暑いな」
シロは、目の前にある花の茎をチョキンチョキンと散髪しながら頷いた。
……。
途切れてしまった。次の話題が、見つからない。うーんと小さく唸ってみたが、何も出てこない。面接官を前にまごまごする人みたいだ。吉田先生が言ってた。本当に興味を持ってないと、想定にない状況になった時に言葉に詰まるよって。
えっと…えーっと。
質問のヒントを探そうと、ぐるりと目玉だけ動かして、店内を観察した。狭い空間に隙間なく置かれた圧巻の色彩。何て言えば良いんだろう。難しい花の名前はよく分からないけど、ポスカのインクを全色ぶちまけたみたいなカラフルさは、ここに足を踏み入れた瞬間から、一も二もなくキレイだと思った。それは、正真正銘リアルなわたしの気持ち。だけど、どんな文章にして紡ぎ出せば、彼に伝わるのだろう。
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