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「ふふっ」 噛み殺した笑いが聞こえた。 「無理して花屋に合わせることはないよ」 顔を上げると、覗き込むような視線を横目で寄越したシロが、ポーチュラカと書かれた札のポットに視線を戻すところだった。 見抜かれていた…。 取り返しがつかないくらい格好悪い。喉の奥が、かぁっと熱くなる。穴、掘りたい。そして、地球の裏側に行きたい。行って、違うの!と、言い訳がしたい。何も違わないんだけど。 肩を落とし、身を縮こめる。 あぁ、何でわたし、重要アイテムを手にしたいなんて大それたことを思ったんだろう。後退りして、さっさと帰ってしまえば良かったのに。わたしのバカバカバカバカ。 そう思って、ゲンコツで額をコツコツやっていると、大きな手が頭にフワと被さった。 「すまん、言葉足らずだった」 びっくりしたのは、頭上からじわじわと染み込んでくる熱が、全く嫌じゃなかったこと。 「何て言うのかな」 困った顔で笑うと、シロはそのまま、わたしの頭をイイコイイコと数回撫でた。この行為は、目眩を誘発した。 「きれいだ、良い匂いだ、伝える言葉はシンプルで良いんじゃないか。褒められて嫌がる花は居ないからな」 そう言ってポーチュラカの切り絵のような花びらを撫でるふりをすると、スカーレット色の花たちは、風もないのにサワサワと体を揺らした。 不思議な人…。 そこにいるだけで何故か安心するし、初めて会ったのに、ずっとずぅっと昔から見守ってくれてるような気さえする。花の気持ちまで動かしてしまうこの人は、あっという間に、わたしの中に住みついてしまった。だからだろうか。ふと溢れた疑問、それは端からみれば荒唐無稽なものだったわけで。 「ねぇ。何でわたしのこと、見つけたの?」 でも、聞かずにはいられなかった。それに、彼なら大丈夫だと思ったから。 「助けてって、叫んだろう」 案の定、彼は事も無げに答え、ビニールハウスを支えるパイプとパイプの間から見える夏の景色に、ゆっくりと視線を移した。視線の先には、滑らかな幹に枝を張り、フリルの紅い小花を青空を背景にしてたくさん咲かせている樹が立ち並んでいた。 「目を開くだけで良い」 柔く、微笑(わら)う。 「ひたむきに生きれば、きっと何かが見えてくる」 わたしは、みぞおち辺りをぎゅっと掴んだ。自分みたいな何の取り柄もない、日々に期待もない、つまらない中学生に、重要アイテムを使いこなすことができるだろうか。いや、もう気付いているけど、どうやったって、レベルアップが必要だ。今のわたしじゃ、使いこなせない。 「今年の夏は、暑いな」 雨音のようなシロの声は店中に反響して降り注ぎ、鼓動と重なり、やがて溶けて消えていった。
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