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冷房の風がそよぐ窓辺で、記憶を辿る。
『目を開くだけで良い…』
筋肉が許す限り、思いっきり目を剥いてみた。両手でぎゅうと、耳を塞ぐ。
ド、ド、ド、ド
鼓動が左右の耳の間を行進する。
ド、ド、ド、ド
知りたい。
ド、ド、ド、ド
シロは一体、何者なんだろう。
ド、ド、ド、ド
…じま。
ド、ド、ド、ド
…えじま。
「冴島!」
ハッと顔を上げた。眼球がカピカピに乾いて、何度も瞬きをする。見えてきたのは、吉田先生の呆れた顔と丸い鼻。
「なぁにやってんだ、プリント終わったのか?いい加減、真面目にやらないと内申に響くぞ」
「…はい」
「N高校に行きたいんだろ?」
「…はぁ」
行きたいか行きたくないか、と問われれば、行きたくは、ない。中三になった時、どこでも良いから志望校を書くように言われたから、クラスメイトの多くが志望するN高校と書いただけだ。勉強が嫌いなのに、進学校に行って何をすれば良いの、と思う。その三年間はきっと、絶望的に、最早百万年くらいに長く感じて、毎日ため息の靄に囲まれて過ごすのだろう。
「あー、それから」
「はい」
「三者面談のことなんだけど」
吉田先生は少し言いにくそうに言葉を止めた。わたしは漏れそうになったため息を思わず飲み込んだ。
「催促するようで悪いんだけど、もう一度お母さんに聞いてみてくれないかな。いつが都合良いか」
「はい、聞いておきます」
淀みなく返事したけど、実は三回聞かれた中の一回だって伝えていない。だって、三者面談なんかしたら、わたしの未来は今のところ、N高校で決定づけられてしまう。何て恐ろしいことなんだ。
それに、あの人は全てにおいて熱心な人だから、そんな伝言なんかしたら、仕事と仕事の合間を縫ってでもやって来る。わたしはひどく気を遣う。それって、煩わしい。『忙しい』が口ぐせのあの人にとっても。
先生の監視するような視線に、仕方なくシャープペンを持ってプリントと向き合う。この日は理科の補習だった。興味のない文字の羅列に、頭痛がする。
『植物の有性生殖について。風や虫に運ばれた花粉が雌しべに付き、精細胞と卵細胞が出会い受精します。この後受精卵は細胞分裂を繰り返し、種子になり果実になります。この行程を何度も繰り返して、植物は子孫を残していきます』
花屋で見たものとは似ても似つかない、バッタを正面から見たような解剖図に、少し興ざめして眉をしかめる。あんなに美しくきらびやかに見えるものも、リアルは生々しくてグロテスクだ。
生きるって、小難しいな。
花も。
わたしも。
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