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「あ、咲いてる」 昨日まで固く閉じていたその蕾は、溢れる程に咲き乱れる花たちの中で、ちょこんとラッパ型の白い花びらを控えめに広げて咲いていた。 「暑いのに、がんばるねぇ」 「強いからなぁ、トレニアちゃんは」 唐突に声がして、頭上から手が伸びてきた。 「別名、夏菫っていうくらいだからね」 ひょいとポットを手に取ったのは、くるくるパーマの店長さんだった。自慢の営業スマイルで微笑みかけられたけれど、まさかシロ以外の人が声を掛けてくるとは思わなかったので、固まった表情のまま思わず口ごもる。その態度に店長さんも、微笑みのまま固まる。 「………」 「………」 音を立てないはずの太陽がジリジリと効果音を鳴らし、静まり返った空間を緊張感と共に焼き付けていく。口元を引き結んだ大人と子供。二人して、行き場のない視線の先にあるトレニアを、穴が空くんじゃないかってくらいひたすら見つめた。 中年の男の人は苦手だ。 何を話して良いのか、分からない。 「あーっ、と。ごめんね」 静寂に根負けした店長さんが、気まずそうに身じろぎをした。 「僕、高校生の子供がいるんだけど、二人とも男の子でさ。女の子との接し方に慣れてないんだ。折角来てくれたのに専門家のシロもいないし」 「お休みなんですか?」 そういえば、さっきから姿が見えない。 「うん。就活だって」 「シュウカツ?」 「就職活動のことだよ。今、大学四年生だから」 大学生だったんだ。重要アイテムの謎がひとつ解けた。 彼は将来、何になるんだろう。やっぱりお花屋さんかな、好きみたいだし。 シロがエプロン姿で花に囲まれてニッコリしているとところを想像してみる。うん、しっくり来る。そうか、アルバイト(いま)と何ら変わりないからな。 逆にわたしには、学生姿の方が想像できない。象徴的な大学生像が思い浮かばず、そんな訳ないけど、とりあえずハリーポッターみたいな格好のシロを想像してみる。あれ、意外と似合ってるかもしれない。 「こんにちはぁ」 ぐるぐると思考を続けていると、どこかで嗅いだことのある、粉々しくも懐かしい匂いがぷんぷん漂ってきて、腕とか脚とかをやたら露出した女の人たちが、しゃなりしゃなりと三人横並びで近づいてきた。みんな、わたしの苦手な顔をしている。「あっ」と小さく声を上げた店長さんが、済まなさそうに眉を八の字にし、ポリポリ丸い鼻の頭を掻いて、三人に向かって言った。 「ごめんね、今日いないんだよ」 「シロさん?」 「休みなの」 「えぇー?」 一様に、ぬらぬらした赤い唇を尖らす。 「折角、暑い中来たのにぃ。どうするぅ?」 どうする?と疑問符をつけながらも、体は既に百八十度回転しようとしている。 「でも、明日は一日入ってるから」 その一言に、彼女たちは向かい合ってキャアキャアと飛び上がった。店長さんが、満足そうに頷く。 「じゃあ、出直しまぁす」 あの子たちね、シロのファンなんだ。未練なく背中を向けて立ち去っていく三人にチラチラ視線をやりながら、店長さんは言わずもがななことを、わたしにこっそり耳打ちした。見送る先の彼女たちの後ろ姿は、白くて長くてツヤツヤしている。 大学生かな。全然、ハリーポッター風じゃない。大人だし、綺麗だし、何食べて何つけたらあぁなるんだろう。…そっか。 素早い閃きと共に、再び謎が解明された。 あの匂い。例の美白化粧水が乾いた時と、同じ匂いだ。
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