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「たった一つ欲しいものがあるの」
いつもミステリアスな彼女はそう答えた。
昼休憩の校舎裏、ひそかにあこがれていたその女の子に告げた告白は宙ぶらりんだ。結局チャイムに遮られ、その場ではなんともなしに教室に戻った。
特に勉強もスポーツもそこそこだけど自慢できるほどではない僕が、勇気を振り絞った結果としてはつらいものがある。でもはっきりと断られたわけでもないことに、放課後になって気が付いたのだった.
翌日、それとなく尋ねてみた。
ほしいものとは何か。その問いにこう返ってきた。
「欲しいものはいくらでもある。わたしはわがままだから。でもその中に一つだけどうして
も譲れないものがあるの。でもこれをあなたに言うことはできないわ。」
それは普段手に入らないもの?
「そう、手に入れることはできないものよ」
僕にも?
「そう、あなたにも」
チャイムが鳴った。
さらに次の日。
欲しいものはどこにあるのか訊いてみた。
「あったりなかったりするの」
動くの?
「動くといえば動くわ、それでいてあり続けることはないの」
どっか行っちゃうってこと?
「表現としては消えるの方が近いかしら」
今日もチャイムだ。
考え続けたけど彼女の欲しいものはわからない。
今日は金曜日、もう週末だ。
なんだか化かされている気がして、いい加減返事が欲しい。
そう伝えてみた。
「そういえば答えてなかったわね、こたえはイエスよ。」
言葉に詰まる。
淡々と告げられた言葉を飲み込み切れていない。脳が処理しきれない。
何とか口にできたのは「ありがとう」の一言だった。
結局君の欲しいものって何なの?
次の週、月曜日。いつもの時間、いつもの場所。
「あなたには言えないって言ったでしょ」
それでも気になるんだ
「・・・そうね、もしかしたらそのうち気が付くかもね」
あいまいに答える彼女はその雰囲気も相まってとても魅力的だ。
あぁ今日もまたチャイムが鳴ってしまう。
もっとこの場にいたい気持ちがあって腰が重い。
立ち上がった彼女に続くように伸ばした膝に、彼女は振り返り小さな微笑みとともにこう言った。
「この数日でわたしはそれに近づけた。でもね、君はわからないままでいいよ。」
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