後日談③はじめてのアピール

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後日談③はじめてのアピール

 綾人と番になったことで、少しずつ、お互いに身体の変化が出てきている。それは嬉しく、喜ばしいことでもあるが、同時に不安なときもある。  それでも、二人一緒なら乗り越えていけると、手と手を取り合いながら生活している。 「――ただいま、綾人。……綾人?」  日々の仕事から解放されて、愛しい番の元へ帰宅した昂。そんな仕事も今日でひと段落。しばらくは、発情期の関係で一週間ほど休みを取得しているのだ。  いつもなら、玄関先まで「おかえり」と出迎えてくれる綾人の姿がない。リビングに向かうも姿はなく、もしかして寝ているのだろうかと綾人に与えた部屋のドアをノックしたが返事はなし。開けるぞ、と小さな声で告げながらゆっくりドアを開けたが、部屋はもぬけの殻だ。  まさか外に――と思ったが、靴があったのを思い出す。  それに、家の中に入ったときから、昂にしかわからないバニラの匂いを感じていた。  この家にいることは間違いない。  匂いを辿りながら、昂は自身の部屋の前で止まった。 「俺の部屋……」  先程よりも、匂いは強い。  しかし、気になることは、発情期までまだ数日あること。つい先日まで、月経で苦しんでいた綾人。個人差はあるが、月経が終わってすぐに発情期が来るオメガもいれば、綾人のように発情期まで日数空くオメガもいる。 (予定より早く発情期が来たのか?)  部屋から漏れてくるオメガのフェロモンに、いい加減脳が麻痺しそうだ。だが、いつもより匂いは強いが、理性を失うまでの強さではない。  とにかく、この扉の向こうに綾人はいる。 「……綾人。そこにいるのか?」  声をかけるも返事がない。  恐る恐る、ゆっくりとドアを開けた。バニラの匂いが包み込むように昂を迎え入れる。それよりも、視界に入った目の前の光景に、昂は大きく目を瞠った。 「これは……」  空き巣にでも入られたかのような散らかし具合。その中で、ベッドの上には小さな山ができていた。オメガのフェロモンに触れただけで、胸がどくどくと、呼吸が乱れはじめる。  匂いに釣られながら、昂はベッドへと近づき、端に腰をかけた。 「綾人」  優しい声色で名前を呼ぶ。返事はなくても、山の中から一番濃いフェロモンが溢れているのはわかっている。 (……これが巣作りってやつか)  医師から、オメガには月経、発情期の他に「巣作り」があると説明してくれた。発情期の前兆として、無意識に番の匂いを求めてオメガなりにアピールをする。  そして、その巣を作ったオメガに対して褒めてあげるのが番の仕事。折角作った巣に対して怒ったりすると、オメガは情緒不安定になってしまうこともあるそうだ。  それを、今回はじめて綾人が作った。  発情期を迎えるまでになかった月経がはじまり、こうして巣作りまでした。  巣作りをしたのは、今回がはじめてだ。  念願の巣作り。  小さな変化がひとつ、またひとつ、増えていく。 「どこにいるんだ?」  綾人なりに考えて作った巣を、壊したくはない。 「綾人。……あーや。顔を見せてくれ」  早く顔が見たい。 (愛しい、俺の番)  昂は綾人から動いてくれるのを待った。  すると、小さな塊がもぞもぞと動きはじめる。 「……こう」  衣類の山から顔を半分出してきた綾人。  やっと出てきた。 「ただいま」 「ん。おかえり」  綾人の頬を、指の背を使って撫でる。まるで、猫を可愛がるように。 「はじめてだな」 「……昂の匂いで、いっぱい」 「だな。よくできてる」 「本当?」 「ああ」 「でもね……足りない」  出来に納得していない綾人は、更に昂を求める。はじめてにしては立派な巣を作っているというのに、他になにが足りないのだろうか。  なにが足りないんだ、と訊けば、綾人は言い淀んでしまった。  答えを教えてくれるまで、昂は綾人の頬を撫で続ける。それが気持ちいいのか、擦り寄ってくる姿がとても可愛い。  フェロモンの匂いは強いものの、綾人の様子から本格的な発情期ははじまっていない。  脳はくらくらするも、まだ理性を総動員できている。  それも、時間の問題かもしれないが――。 「俺には言えないことか?」  なかなか言い出さない綾人に、答えを促してみる。 「……そうじゃ……ない……」 「なら、教えてほしい」 「……怒らない?」  どうしてそこで、そういう発言になるのだろうか。まだ聞いてもいないのに怒れるはずがないし、答えを聞いても怒らない。  予想としては、可愛い内容だろうなと考えてしまう。 「綾人、教えて」  顔を近づけ、囁くように言葉を紡ぐ。  すると、綾人のフェロモンが更に強くなった。視線を彷徨わせながら、照れくさそうに綾人は言葉を口にしていく。 「……昂が、足りないんだ……」 「俺?」 「……ん。昂がいなくて、寂しい」  ほら、やはり可愛らしい答えだ。  とことん甘やかしたくなる。身も心もどろどろに溶かして、甘い快楽へと堕としてやりたい。  そんな欲求がうずうずと湧き出てくる。 「だったら、俺を綾人の作った巣に案内してほしいな」  そうすれば、綾人の足りない部分が埋まり、巣は完成する。 「……いいの?」 「もちろんだ。それに、俺のために作ってくれた巣なんだろ?」  ――俺がいないと駄目じゃないか。  さも、それが当たり前と言うように昂は微笑み、額に唇を落とす。昂が巣に入ってしまうことで山が崩れてしまうことは仕方ないが、「こっちに入って」と衣服を押し上げて招いてくれる綾人に、昂はベッドへと乗り上げた。  多少、巣は崩れてしまったが、綾人の大好きな昂の匂いは纏ったまま。  そして、それ以上に昂本人の強い匂いに包まれているのだ。  擦り寄って匂いを嗅ぎ、幸せそうな表情を零す綾人。本格的な発情期を迎えたらうんと甘やかせてあげようと思いながら、昂は綾人の身体をギュッと抱きしめた。  終わり
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