第2話

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第2話

 綾人と一緒に住むことを決めたのは、一週間の発情期間が終わってすぐのことだった。ベッドの中で疲れている綾人を抱きしめ、優しく落ちつかせている最中にぼんやりと思案していたのだ。  番のいるオメガであれば、発情期は来ても誘発するのは番のアルファのみ。なのに、そのフェロモンがベータである昂にも、少なからず影響している。  そうなると、綾人がアルファに番を解消されてしまったことが安易に想像できる。  だからこそ、綾人をそのままにしておけなかった。  なんとか綾人を説得し、番と一緒に住んでいた家を引き払えば、昂の家へと住まわせることにした。いくら綾人の名義に変わっているからといえど、思い出が詰まっている家に綾人をひとりで過ごせたくなかったのだ。  そんな昂の家には、少しずつ綾人の私物が増えていった。 「……ごめん。迷惑かけて」  発情期間が落ちつき、昂が「俺と一緒に住もう」と説得したとき、綾人は申し訳なさそうに告げた。 「迷惑だと思ってない。迷惑だと思ったら、最初から助けない」 「……ありがとう」 「いいんだ。これくらい」  好きでやっているのだ。嫌々ながらやっているのであれば、ここまではしない。  オメガという性に生まれたお陰で、まともに仕事もできず、三ヶ月に一度は発症する発情期。不遇な環境の中、ひとりで生活するには無理がありすぎる。 (それもあるが……)  綾人のことが好きだから、傍に置いておきたかった。 「番を解消されて、辛い思いをしたんだ」 「……っ」 「こういうときくらい頼れよ」  昔から想いを寄せていたからこそ言えることだ。  ◆  幼馴染というわけではないが、中学二年生のときに昂は綾人と出会った。  絵に描いたような平々凡々に過ごしてきた昂であったが、成績はアルファに劣らず、ベータにしては珍しく、常に上位の成績をキープしていた。綾人と接触したのは、中学二年生になり、夏休みに入る前のこと。  体育の授業が終わる頃、微かな匂いが鼻孔を掠めた。この中に、ベータでも感じてしまうほどの強烈なフェロモンを流しているオメガがいると思って周囲を見渡せば、その場に蹲っている綾人が視界に入った。  このままでは、もし近くにアルファがいればヒートになってしまうのも時間の問題。 「……五月女、お前――」  傍に駆け寄り、声をかける。  ベータである昂はアルファと違い、オメガのフェロモンに惑わされることはない。あまりにも強烈なフェロモンであれば、今のように匂いを感じることもある。 「抑制剤は?」 「っ、……ない」 「はあ!?」  発情期の周期くらい把握しているはずだろう。  オメガなら尚更。  それなのに、綾人は抑制剤を飲んでいないどころか、持ってすらいなかった。これでは、いつでも襲ってください、と言っているようなものだ。  どうして持っていない? 飲んでいない? と疑問は出てくるものの、それよりも今は保健室へ運び、処置してもらうことが先だと、半ば焦りつつも冷静な判断をした。 「落とされるなよ」 「……え? あ、うわっ」  綾人を横抱きにして、保健室へと急ぐ。  居合わせた保険医に抑制剤をもらうのと同時に、二人して注意も受けた。 「……ありがとう」 「別に、どうってこない」 「如月は、オメガのフェロモン効かないの?」 「ベータだからな。匂いも微かしか感じないし、よっぽどのことじゃなければ大丈夫だ。……その辺のケダモノと一緒にするな」 「ははっ」  飲んですぐに効き目が出るわけではない。苦しそうにしている綾人を見て、昂は問いかけた。 「なんで抑制剤を持っていないんだ?」  訊いてはいけなかったかもしれない。なにか事情があり、所持していないだけかもしれない。  それでも、昂にはそんな風には見えなかった。 「……持って、たんだけど……」  言葉を濁す綾人に、昂は「なに?」と促す。 「……捨てられちゃった」 「は? 誰に? なんで?」 「将来を誓い合っている相手を誘惑したとかなんとかで……その相手オメガなんだけど、人のもの取ろうとするなって……」 「わお。修羅場じゃねーか」 「はは……だよね。でも、正直そんな誘惑した記憶なんてなくて、……多分、嫌がらせだったんだよ。俺が、アルファ相手に媚び売ってるように見えたのが、彼には気に食わなかったんだろうね。ただ、バース関係なしに仲良くしてるだけなのに」  噂は少しだが耳にしていた。  綾人が、他のオメガより変わっていることに。  第二の性とは関係なく、オメガだろうと誰にも分け隔てなく優しく接する。  友達のように。  そして、優しくて母性的で――それが、他のオメガからすれば嫉みにしかならないのだろう。  ここで、あまりオメガと喧嘩するなよ、と言って去ればよかったのだ。なのに、どうしても儚く見えてしまう綾人を守りたいと思ってしまった。 「俺と友達になるか?」 「え? 如月と?」 「俺はベータだから、別にどうこう言われても平気だ。それに、抑制剤もお金がかかるだろ。捨てられてしまっている今、誰か味方につく人がいないと大変だぞ」  アルファではないので、例え綾人が発情期になったとしても昂がヒートになることはまずなく、ある程度フェロモンに堪えることも可能だ。  だからといえ「絶対」に、狼にならないというわけではない。  なるべく近くにいることで、普段通りに学校生活を過ごす綾人を見守る騎士(ナイト)になりたかった。  それがのちに、淡い恋心へ変化していくことに、そう遠くはなかった。  ちょっとしたことで綾人の行動を気にかけるようになり、日常の一部が綾人で占めている。意識すればするほど、綾人のことが気になり、気持ちが膨れていった。  でもそれは、綾人のひと言で無残にも砕け散る。 「――あのさ、昂にだから言うんだけど……」 「なんだ?」 「俺、……好きな人、できたんだ」  ――いつ、どこで?  学校では、一緒に行動しているのが常だというのに、いつ、そういう人を見つけるのか。  昼休み、誰もいない屋上で話を聞いた。 「休みの日にね、出かけたんだ」 「ああ……って、外に出た!? 大丈夫だったのか?」 「それが、そのとき具合悪くなって……その場で蹲っていたら声をかけられたんだ」 「おいおい……」  境遇が一緒じゃないかと思いながら、昂は話を聞いていた。  最初に声をかけてきた男性は二人組で、顔つきがいかにも厭らしい目つきでオメガの綾人を舐めるように見ていたそうだ。無理矢理に腕を掴まれ、どこかへ連れて行こうとする。ゾッとして、なんとか逃げようと思っても、大人の力では敵わないし、綾人自身、身体の線が細く、同じ男性でも力がなかった。 「そんなときだったんだ。彼と出会ったのは――」  このとき、高校生だった彼は、とてもやんちゃな風貌をしていたという。  よく遊び、よく喧嘩を買い、売る。  見た目は不良でも、実はエリート中のエリートでアルファなのだ。  あとから聞けば、いいところのお坊ちゃんだと判明した。 「目が合った瞬間、火花が散ったような気がしてね」 「ふーん」 「助けたお礼も兼ねて、連絡先を交換したのがきっかけなんだ」  そのお陰で少しずつ距離が縮まり、綾人はその助けた彼――のちに番となる――のことを意識しはじめていったのだった。 「――……へえ、そうか」 「見た目は怖いけど、俺と会う度、きちんと食ってんのかよって心配してくれるんだ。発情期の周期や薬のことも気にしてくれて……」  嬉しそうに話をする綾人は、とても幸せそうに見える。 「なんだか昂みたいだよね。昂も俺のこと心配してくれて、今はもう薬もあるのにそれでも友達でいてくれて。……俺、オメガなのに」 「いや、俺は別に。それに、ベータだから影響もないが、それ以前にベータとかオメガとか関係なく、綾人は綾人だ」 「……昂がベータなの、本当もったいないな。アルファでもいいくらい」  褒めてくれるのは嬉しいが、ベータのままでよかったと昂は正直に思う。仮に、第二の性がアルファだとしても、オメガの発情期にあてられてヒートになってしまえば我を失ってしまう。  そこに綾人が近くにいれば、無理矢理にでも襲い、暴き、残酷なまでに悲しませてしまうことになりかねない。  最悪のことを考えると――。  友達だと思ってくれているのに、綾人が望んでもいないことをしてしまえば、綾人の自由を奪うことになってしまう。  まだ中学生だ。  考えただけで恐ろしくなる。  綾人のことを意識しているのに、想いを募らせているのに。 「……ただ、気になることがあるんだ」 「気になること?」 「彼、見た目がああだから、誰とでも遊んでいるって噂があるんだ。俺と一緒にいるときでも、電話してることがあって……」  アルファが選び放題なのは、ある意味「悪い癖」といってもいいかもしれない。どのアルファもそういうわけではないが、アルファは相手を選ぶことが可能だ。  番になる前だろうと、番になったあとでも。  しかし、オメガは考えて行動しなければならない。望まない相手と番にならないように首を守り、貞操も同時に守らなくてはいけない。  とにかく、望まないことを避けるためには、慎重にならなければいけないのだ。  番になってしまえば、頼るべき相手はアルファしかいないのだ。  オメガにとっての居場所は――。 「綾人は、自分だけを見て欲しいって思うのか?」 「それだったら嬉しいけど……彼、誰にでもモテるし、中学生の俺と高校生の彼とじゃ釣り合わないよ」 「なら、綾人の恋を実らせるために、俺がひと肌脱ぐぞ」  ――本当は嫌なくせに。  心の裏側に潜んでいる悪魔が、脳に囁いてくる。 「俺と綾人が仲いいのを、そいつに見せつけるとか」 「……見せつける」 「友達以上恋人未満みたいな。俺も、一度くらいはそいつの顔を見てみたいし」  それで、どういった反応が返ってくるのか見ものだ。  見せつけて、彼がどんな行動を起こすのか。 「少しでも反応があれば、脈ありかもしれないって思うだろ?」 「う、うん……でも、うまくいくかな」  不安気な表情を見せるも、やってみなきゃわからないだろ、と背中を押せば、弱々しくも「そうだよね」と綾人は言う。  その話から数日後、早速三人で会うことになった。  結果的に言えば効果は抜群で、彼の中での優先順位が真っ先に綾人へと変化したくらいだ。見た目は不良なのに、実は綾人のことを本気で考えていたのだろうか。  そこからだ。  綾人と彼が付き合いだすのに、そう時間はかからなかった。  同時に、昂の失恋も決定した。 「付き合えるようになってよかったな」 「うん! ありがとう、昂」 「なにかあれば言えよ。相談くらいは乗れるし、あいつと一緒じゃないときは、俺が今まで通り守る」  少しでも傍にいたい。  自分の恋を実らせることはできなかったが、友達として見守らせてほしい。そう思い、昂は綾人が彼と番になるギリギリまで傍にいて、送り出すことができたのだった。  ◆  あんなに幸せ絶頂で、仲睦まじく過ごしていたはずの二人なのに、どうして綾人を捨てるようなことになってしまったのか。  それを、綾人が落ちついた頃に、ようやく切り出すことができた。 「……昂もさ、彼がモテるの、知ってるでしょ?」 「昔から変わらずな。けど、三人で会ったときのをきっかけで、改心したんじゃないのか?」 「……それが――」  綾人は、昂にまだ言っていないことがあった。  どこか諦めたような表情で、綾人は言葉を口にした。 「ほら……アルファって、言い方は悪いけど、選り取り見取りでしょ?」 「言い方を変えればな」 「その癖が実は抜けてないというか、出てきてしまって……」  なんだか嫌な予感しかしない。  声をかけようにも、なんと言えばいいのか――昂は言い淀んでいる綾人を急かすことなく、話してくれるのを静かに待った。  言葉にすることさえも思い出させるようで、本当は嫌なのだろうが、これでも昂だって知る権利はあるはずだ。 (ま、権利あるほど偉くもないけど……関わりはあるしな)  今、綾人と一緒にいるのは昂だ。  全てを話してくれなくとも、断片的な部分だけでも構わない。  綾人の口から、どうして番を解消されてしまったのか聞きたかった。 「――……彼、……俺以外のオメガと……関係持ってたんだ」 「……は?」  癖が出てきてしまった、と言っていたのを思い出す。 「友達関係ならよかったよ」  ここからは、あまり想像したくはない。  嫌な予感しかしないからだ。 「そのオメガの発情と、相手による誘発剤使用でヒートになったんだ」  番を持っているアルファは、他のオメガのフェロモンは効かないはずだ。それを、流通されていないアルファ専用の誘発剤を使い、行為に及んでしまったというのを告白されたと言う。 「まさか……」  綾人は物悲しげに苦笑し、頷いた。 「そのまさか、だよ」  目を見開き、驚いた。 「元々、子供が必要だったんだ。俺たちの間に。彼、アルファの中でも別格みたいだから。でも俺は……」  ――作りにくい身体をしているから、難しかった。  言うより前に、昂は綾人の体質を知っていた。いくらカーストの頂点にいるアルファ相手でも、事情により子を授かることができないオメガも中にはいる。頑張って授かることはできても、その頑張りがどこまで続くかは当人次第。  だからこそ、余計に綾人から改めて言われると苦しかった。  そんな彼は、綾人という番がいるにも関わらず、他のオメガとの間に子を成したのだ。 「何度も謝られた。彼には、子供の責任を取る必要があると、番を解消してくれとお願いされたよ。その関係を持ったオメガを連れてね。何度も、何度も、ごめんなさいって」 「……綾人」 「何度も謝られると、自分が惨めで悔しかった。言葉や権力はどうしてもアルファが強い。だから俺は、逆に『俺と番を解消して?』と言って、彼に『番は解消だ』と言わせたんだ」 「で、解消した、と」 「うん」  話を聞いている限り、誰もが全て悪いわけではない。  綾人も、彼も、その彼と関係を持ったオメガも、誰も悪くはない。  もちろん、やったことに対しては憤りを感じるが、男女の他に第二の性を誕生させた神が悪いのだ。 「彼のことは、本当に好きだった。でも、子ができてしまえば話は別」  儚げに言う綾人に、昂はなんとも言えない気持ちになった。  下手な言葉はかけられない。  同情だとも思われたくない。  だから、余計になにも言えなかった。 「……ごめん。昂にこんなこと話して」 「そんなことはない。……俺も、思い出させて悪かった」 「ならよかった。昂は、俺の一番大切な友達だから。はじめてできた、大切な友達だから……」  嬉しいはずなのに、複雑な気持ちになってしまうのは、昂が綾人に好意を寄せているからだ。  だが、昂は綾人に想いは告げない。  番を解消された綾人は、今辛い立場にいる。チャンスだとも思うが、昂はそのチャンスを利用することはしなかった。 「昂が、俺の傍にいてくれて本当によかった」  こうまで言われてしまうと、ますます告げられない。  友達だと思っている綾人を、裏切ることなんてできない。  例え、発情期を助けるために身体を重ね合う関係であったとしても――。 「話してくれてありがとな。疲れただろう。今はゆっくり休め」 「……うん。そうする。ごめんね」 「謝るな」 「……うん」  解消されたオメガには、酷い精神的ストレスに襲われるといわれているが、綾人にはそれがあまり見られない。  個体差によるものなのか、それとも、ただ我慢しているだけなのか。後者であるなら、遠慮せずにぶつけてくれてもいいのにと思ってしまう。 (……しばらくしたら、あとで様子を見にいこう)  綾人をひとりにさせておくには不安もあり、できる限り目の届く範囲で綾人を見守っておきたい。  けれども、簡単にはそうもうまくはいかない。  昂も生活があるし、綾人と暮らすためには稼ぎもないといけない。 (俺が好きで、綾人を囲ってるようなもんだからな……)  友達であり、想い人。  下心がないといえば嘘になる。 (俺も、とんだ馬鹿だな)  小一時間ほどリビングでひと息つきながら、色々と考える。 「……そろそろ様子見にいくか」  綾人には、使用していない部屋を与えている。  起こさないよう、そっとドアを開け、中を覗きこんだ。 「……!」  ベッドの上にある小さな塊は、何度も寝返りを打ち、うわごとを呟きながら魘されていた。 「綾人!」  慌てて傍に駆け寄る。  額には玉の汗が浮き出ており、苦しそうに眉を顰めている。額にこびりついている前髪を梳きながら、昂は唇を噛みしめた。 「……平気でいられるわけないよな」  好きだった番に裏切られた。  捨てられた。  それが、オメガにとって、どれだけ大事なことか。 「う、……あっ……」 「……綾人」  それでも、綾人の心はまだ元番の彼を想っている。  なんて健気で可哀想な子。  綾人の隣に昂も横になると、魘されている綾人を掛布団ごと優しく抱きしめた。背中を優しくトントンとあやしていけば、落ちついてきたのか魘されなくなった。  苦しそうにしていた表情が一気に引き、穏やかな表情を見せる。 (ひとりにする度にこれだと辛いな)  目の縁に溜まっている、零れきれなかった涙。  その涙を指の腹で拭いながら、昂は一晩、綾人を抱きしめながら眠りについた。  一緒に生活するようになってから、二人の関係は友達以上恋人未満の状態にいた。  平たく言えば、セフレ関係。――とはいえ、三ヶ月に一度は発症してしまう発情期を迎える綾人のことを考えれば、そうせざるをえない。  番を解消されたオメガは、抑制剤が効かない。  欲しくて、欲しくて堪らない時間を、嫌でも過ごさなくてはいけない。  熱と快楽に溺れ、最奥まで欲しがる綾人の痴態は、欲に塗れた娼婦そのものだ。 「ぁあああッ……! はぁ、ん……ん、おくッ……お、ぐぅ……!」 「っく……こら、中から誘うなっ」 「ん、んっあ、あ、あっ!」  奥へ、奥へ誘い込むよう、胎が受動する。  最奥を突いたときにぶつかる壁。そこを亀頭でノックすれば、綾人は喉を反らして気持ちよさそうに喘いだ。 「あぐっ……ぁあ、はあ、ああ、あっ!」 「っ、は……あや、あやとっ……」 「あ、あぁん! あ、あ、あッ……あ――――……」  終わりの見えない絶頂を味わい、断続的に熱を吐き出すも、もう空っぽなはずの性器はドライオーガズムを極め、過ぎる快楽の海へと沈んでいく。  その姿は、とても艶やかで色っぽい。  恍惚とした表情で、大量のフェロモンを撒き散らしている綾人。オメガの強烈なフェロモンであれば、いくらベータの昂でも頭がくらくらした。  ヒートになるわけでもないのに、このまま一緒にいるとあてられ、ヒートになってしまうのではないだろうかという錯覚に陥る。 「あぁ……あ、あぁぁ、も、っとぉ……も、と……!」  叫ぶように訴えてくる綾人に、昂の穿つ腰が止まらない。 「あ! あ、あ、あっ……ん、やあああッ……!」  びくびく、と陸にあげられた魚のように全身を戦慄かせ、熱を吐き出すことのない性器はふるふると震えていた。  まだ欲しくて堪らない胎は、昂の性器を離すまいとうねる。 「っ、綾人が嫌がっても、泣くほどやるからな……!」  汗を拭いながら綾人の腰を掴み、思う存分胎を味わい、中へと熱を叩きつけた。  発情期が発症したとき、中に直接精液を叩きつけることで一時的に落ちつくが、すぐに性欲は復活の兆しを見せる。  それが一週間も続くのだ。  それもあり、一週間の間は綾人の部屋で過ごすことが多い。  綾人と一緒に住むと決めたとき、会社へは「将来を約束した相手と住むようになった」と伝えてある。下手なことを言えばややこしくなってしまうため、綾人には申し訳ないが嘘をついた。 「――――……あや、……綾人、大丈夫か?」  たくさん抱かれ、寝ていた綾人が身じろぐ。 「……ん」  だが、目を覚ますことはない。  まだ夢の中にいるのか、苦しそうな表情をしていないことから昂は安堵した。  ベータという観点から、オメガと番になることはできないが、これからも綾人の傍で一緒の時間を過ごしていきたい。  できるなら、どうか最期まで。 (――なんて、夢のまた夢だよな)  第二の性がある日本には、少し変わったところがある。  アルファに捨てられたオメガは、精神的ストレスと発情期で苦しみながら最期を迎えるのが一般的だ。  しかし、一部特殊なことがある。  こればかりは、都市伝説なんじゃないかと思うばかり。  稀に、まだ運命の番と出会っていない状態で他のアルファと番になり解消したとしても、再びアルファと番うことができる。  ただし、運命の番が見つからなければ、結果的には発情期で苦しむことは同じだ。  綾人の元番とは、運命でもなんでもなかった。  好き合って番になっている二人。  それなのに、元番のせいで解消することになり、綾人は発情期を迎える度に苦しみと欲に支配され続けなくてはならない。  そんな綾人に、いつ、運命の番が現れるかはわからない。  本当に稀なケースなので、本当なのかさえもわからない。  このままかもしれないし、いつか出会えるかもしれない。  傍にいる綾人が去っていくのが寂しくなる。  折角、想い人が手の届く範囲にいるというのに――。 (俺は、どうしてベータなんだ……)  心にそう問いかけても、答えなんて返ってこない。  昂はやるせない気持ちを胸に抱えながら、寝ている綾人の頬を優しく撫でた。
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