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後日談②少しずつ変わっていくもの
番になってから、綾人の身体に変化が起こった。
今までなかった腹痛が、発情期を前にして綾人を襲う。
これまで何度も発情期を発症させても、腹痛に襲われることはなかったため、あまりの痛みに昂は心配になった。
「市販のものしかないが、痛み止め飲んでみるか?」
気休めにしかならないであろう痛み止めを綾人に飲ませ、腹部を撫でる。これで少しでも痛みが和らぐのであれば、ずっと撫でてやる。
「ぅ……昂、ありがとう……」
「念のため、明日病院に行こう。予約しておく。こういうとき、すぐ病院に行けないのがきついな。すぐ薬が効けばいいが」
昂と綾人が受診する病院は、予約が必要となっている。
緊急とはいえど、バースも関係するので当日は厳しいのだ。
「お腹が痛くなるような心当たり、あるか?」
「ん、……ない」
「そうか」
明日、受診して検査すれば判明するだろう。
予約を受け付けました、と携帯の画面を確認すると、昂はテーブルの上に携帯を置いた。
(……あ、そういえば――)
番になったことを、まだ医師に伝えていないことを思い出す。
綾人の腹痛が、番になったこととなにか関係があるとすればいけない。
なんで早く教えてくれなかった云々の小言を言われる覚悟をしながら、ソファで横になって膝枕している綾人のお腹を撫で続けた。
検査は綾人だけだと思っていたが、医師の計らいで昂も検査を受けることになった。それぞれお互いに検査を受け、専用の待合室で待機していると、看護婦に呼ばれて診察室へと向かった。
こんにちは、と挨拶をすると椅子に腰かける。
「こんにちは。久しぶりですね」
柔和な笑みを浮かべた医師は、二人を歓迎した。
「今日は、五月女さんが腹痛とのことですね」
「はい。昨日から腹痛を訴えていて、痛み止めを飲んで様子を見ていたんですが、今朝になっても痛みは治ってなくて」
「そうですか……」
「あ、あの、先生、番になったのとなにか関係はありますか?」
「無事、番になれたんですね」
「えっと……ついでな感じでの報告で申し訳ないのですが……彼――綾人と無事、番になることができました」
申し訳なさそうな感じで報告すれば、医師は小言を言うどころか、逆に喜んでくれた。後天性アルファになっても番になることは可能だが、本当のところ番になれるか不安はあった。
だが、実際に発情期になったときに噛んでみれば、今まで感じていたフェロモンの匂いが変わった。
「――それは、番でしかわからない匂いですね」
「今までも甘い匂いはしてたんですけど、噛んだ瞬間、バニラのような甘い匂いだけど落ちつく……みたいな……うまく言葉で説明できなくてすみません」
「いいえ、それだけでも十分ですよ。やはり、想いの強さ、でしょうね。嬉しいことです」
「ありがとうございます」
「それで、番と、今回の五月女さんとの腹痛がなにか関係あるのかとのことですが、……関係あります」
「それはどんな……」
なにか、悪い副作用的なものが生じているのだろうか。
そう考えると、怖くなってきた。
「五月女さんは、元番のときにはなかったと、検査のときに仰ってましたね」
「え、……あ、はい」
「好きな人と、強い想いで心から番になったことで、お互いに身体の変化が起きているのかもしれませんね。それも、少しずつ」
「少しずつ……」
「例えば、後天性アルファでも番にはなれますが、なれる可能性は噛んでみないとわかりません。通常のアルファと同じ数値だとしても、です。そして、それを如月さんはできた。こうやって、少しずつ変化が起きているということです。小さなことかもしれませんが」
「……なるほど」
「ところで、オメガの男性は妊娠できる身体だということは、二人とも知っていますよね?」
「ええ」
綾人なんて、自分自身のことなのだ。
勿論、オメガのことに関してはわかっているつもりだと、昂は思っている。
「番を持ったオメガは、女性にもある月経――つまり、生理があるのも知ってますね?」
「知ってますけど……あれ? 俺、今まで一度もなったことありません」
「綾人……今まで不思議に思わなかったのかよ」
「すっかり忘れてた……」
すっかり――とは、思わず呆れてしまった。
医師は、コホン、と咳払いをし、話を続けた。
「五月女さんの場合、長期による薬の過剰摂取とストレスで遅れてしまったのでしょう。それと同時に、無意識に身体も拒否反応を起こしていたのかもしれません」
「それと腹痛の関係がどこに……」
「月経になるということは、子供を授かる準備がはじまるということです。発情期になれば妊娠する確率が高くなりますが、今まで五月女さんは月経がなかった」
「……はい」
「でも今回、身体に腹痛が襲ってきました。それは、身体が相手を求めて変わろうとしているのかもしれませんね。もしかしたら、如月さんの子供を授かることも、そう遠くないと考えています」
「……!」
お互い顔を見合わせた。
「周期的に、もうすぐ発情期ですよね? オメガ男性の月経は、発情期の前にやってきます。経血も出るので、はじめは驚くかもしれません」
「経血……」
「ですが、今回経血が出た形跡はなく腹痛のみ。この腹痛は、子宮が活発に働いている証拠ですね。絞られるような痛みじゃなかったですか?」
「はい。今は痛み止めで和らいでますけど、痛いときはキュウって、なにか絞られるような感覚で痛かったです」
「お互いを想い合うようになり、運命の番として繋がり、そして身体が自然と求めるようになり、今まで眠っていた働きが動き出したのでしょう」
情報量が多すぎて頭が混乱しそうだが、早い話、昂と番になったことで今まで眠っていた綾人の身体に変化が起き、子供を授かることも難しくない――ということだろうか。
そもそも、月経のことすら昂は知らなかった。
なんだかんだで、オメガについて勉強不足すぎる。
「月経も発情期と同じで基本的に一週間ですが、個人差があります。三日で終わる人もいれば、丸々一週間かかる人もいます」
「そんなにも違うんですね」
「ええ。それに、経血の量もです。だいたい初日と二日目が多く、三日目から減っていく感じなのですが、最初が少なく、終わりになって多く出る人も少なくありません」
話を聞いているだけで、とてもえぐく感じてしまった。
だが、オメガ男性のこの活動が愛しい人との結晶を作るためなのだと考えると、他人事にはしたくない。
「徐々に変化しているようなので、次回の発情期前には恐らく経血も出てくると思います。なので、このあと如月さんも一緒に、月経に関する話を聞いて帰ってください。痛み止めも処方しておきますので、忘れないように」
「はい」
「五月女さんの身体は、如月さんを待っていたのかもしれないと考えると、本当に二人は運命で繋がっていたんでしょうね。それに気づくのが遅かっただけで」
まるで自分たちのように喜んでくれる医師に、二人とも「ありがとうございます」とお礼を伝えた。
「またなにかあれば、小さなことでもいいので尋ねてきてください」
診察室をあとにして、別室にて月経について勉強した。
そのあとは処方された痛み止めの薬を受け取り、帰路に着いた。二人してソファに身体を沈ませ、ひと息つく。
「……痛み、大丈夫か?」
「うん。今はまだ薬も効いてるから大丈夫」
「そっか」
沈黙が訪れる。
朝から病院を受診し、検査して勉強して、疲れているうえに情報量がたくさんなのだ。
だが――。
「……自分たちのペースでいこうな」
「え?」
「焦らなくていい。子供も別に今じゃなくていい。綾人がいれば今は幸せだし、授かったときに考えればいいって伝えただろ?」
「うん」
「だから焦るな。……でも、綾人の身体が俺のために変化していくのがわかると思ったら、正直嬉しい」
「……昂」
綾人のお腹を撫でながら、愛おしそうに見つめる。
その昂の手の上から、綾人は自分自身の手を置いた。
「俺も、昂のために身体が変わるの、嬉しいし。自分の身体じゃないみたいで怖いのもあるけど、でも、好きな人のためだと思うと……うん、嬉しいや。うまく言えないけど、昂と番になれて、本当に幸せだよ」
「綾人……ありがとな。二人で一緒に頑張ろう」
「うん」
お互いにしか感じ取れないバニラの匂いが二人を包み込む。
匂いが祝福しているようで、二人は見つめ合ったまま自然と顔を寄せ合い、唇を交わした。
終わり
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