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電車がスピードを落とし、ゆっくり駅に停車する。扉の前に集まっていた数人の人達が一斉に降りていき、黄色い点字ブロックの後ろに並んでいた数人が一斉に乗り込んできた。
僕はビジネスバックから手鏡を出してヘアセットを確認した。
この日の為にセットアップのかけるお金を奮発したのだ。
普段は入らない敷居の高い美容院でトップとサイドをきっちり刈り込む。
服装は目立たない上下ダークスーツに白のワイシャツ、紺碧色のネクタイを着けて黒のちょっと靴底に深みのあるビジネスシューズを高級紳士服店の店員さんにわざわざ選んでもらった。見た目が大事なのは本を読んでいた時に学んだメラビアンの法則からだ。
『この電車はこの先は終点の駅までは止まりません。乗り換えの方はこちらの駅で乗り換え下さい』
停車駅の電光掲示板を見る。
現在の時刻は午前11時50分。
このまま行けば10分ちょいで終点の駅に到着。ゆっくり歩いても悠々に12時30分前に待ち合わせ場所にたどり着けるだろう。
転職エージェントは待ち合わせの場所には必ずこの新線の私鉄山京線を使って来て下さいと念を押されていた。
彼の話す内容はいつも的を得たものばかりだったが、これには少し戸惑った。この電車を使って待ち合わせ場所に行くとすると少し遠回りになってしまうからだ。
「山京線を使って来ることが今のあなたには必要なんですから」
この新線は首都の通勤ラッシュの緩和を目的に5年前に作られた路線だ。
山梨から新宿まで繋がっている。
この山京線なんだが遅延が多い電車と噂で聞いていた。よくテレビにもテロップで山京線運転見合せを見ることが多い。出来れば使うのを避けたかったが言いそびれてしまった。約束をしてしまった以上使わずにはえなかった。
ただ実際に乗ってみると遅延なく時間通りで非常に心強かった。
発車のメロディがホームに流れて扉が閉まると電車はゆっくり走り出した。
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