第11章 桃の初めての恋人

17/37
前へ
/76ページ
次へ
あるいは、誰のことも特別に思わずそのことを虚しいとも気づかないでいるか。 何となくさっきより親密な空気がそこには満ちている気がした。だけどわたしたちは何故か言葉少なに、今交わした言葉をそれぞれに黙って噛みしめていた。 そんな風に時折ふわっとした『何か』を感じることはあったけど。わたしは自分から彼に対して何かを申し出ようとは天から思ってもいなかった。 だって、こんな手の届かないに決まってる憧れの人相手に変なこといきなり切り出すなんて。畏れ多いし、彼だって断るのに困るだろう。どうやってわたしを傷つけずに『ない』ことを伝えようか悩むに決まってる。あの優しい人のことだから。 実際のところ、彼の方がどう思ってるかちらとも予測がつかなかったのか。ことが起こった直後にほんの一瞬考えた記憶がある。うっすらとでも、佐内さんは誰か好きな人とかいるのかなとか。 彼女がいるとは誰からも聞かないけど。そこに誰かが入り込む余地はないのかなとか。二年近く一緒にいて、最近だいぶお互い距離が縮まった気がしないでもないけど。佐内さんは一体わたしのこと、どういう風に思ってるんだろう?とか。…ほんとに全然、可能性があるかもとも想像しなかったの?     
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加