第11章 桃の初めての恋人

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彼がぽつりと小さな声で呟く。珍しいことだけど、やや寂寥を思わせる表情。わたしは元気づけたい気持ちもあってわざと明るい声を出した。 「そうでしたっけ?もう終わってるんじゃないですか。あ、二十五日ってまだクリスマスなのか。二十四日はクリスマスイブでしたね」 「そうだよ前夜だよ。今日がキリストの誕生日って設定だろ、本番の。だから一日でも過ぎたら賞味期限切れだから。今日のうちにばたばた片付けるんだろ」 「まあ、このスペースも明日からまた別の催し物が入りますしね」 慌ただしいことだ。年末年始だから、会場を空けとく方が勿体ないのかもしれないけど。 佐内さんにしては珍しく、わたしのプライベートのことにそれとなく触れてきた。 「お前も災難だったな、せっかくのクリスマスに毎日こんな風にぎちぎちに仕事で。ちゃんと人に会えたりとかできなかっただろ、今年は」 「人?」 鈍いわたしはぽかんとなった。佐内さんは微妙な表情で短く付け足す。 「だからさ。…決まった相手とか」 「ああ」 わたしは改めて彼を見返した。思えば佐内さんの口からその手の話題が出るのを聞いたのは初めてな気がする。 「そんなのいませんよ。てか、クリスマスってそういう日なんですね、世間では思えば。あんまり自分の中ではそういう感覚がないから」     
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