第11章 桃の初めての恋人

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「さないさん」 わたしも声を絞り出して彼の首の後ろに腕を回すとちょっと怒ったような声で遮られた。 「違うだろ。…お前、俺の下の名前。ちゃんと知ってる?」 「あ。…えーと」 ちょっと待って。絶対ちゃんと知ってる。だけど、焦れば焦るほどに出てこない。一度頭が真っ白にぱあんと飛んじゃったから。一体記憶のどこに紛れ込んだか…。 彼が呆れた口振りで教えてくれる。 「慶吾。…これからは二人の時はそう呼んで。覚えた?」 「はい。…慶吾さん」 だって、わたしにとって佐内さんは佐内さんだったんだもん。そう思ったけど素直に頷く。また彼の両腕に力がこもり、全身を彼の身体にぎゅっときつく押しつけられる。これからは今まで知らなかった彼の新しい面を知ることになる。信じられない思いでその体温を味わっていた。 片手が背中から離れ、ぐいと顔を持ち上げられる。再び二人の唇が重なった。 今度はそっと彼の口が開いて遠慮がちに舌が僅かに入ってきた。そうか、キスってこういうもんだっけ。とにかく全然経験てもんがないから。わたしも唇を開いてそれを受け入れ、熱っぽい彼の衝動に身を任せた。     
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