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「ごめんな、慌ただしくて。…今日一緒には帰れないけど、俺は最後まで監督しなきゃだから」
「わたしも残るよ」
顔を上げて頬に頬を寄せてそう言うと、きっぱりと言い渡された。
「駄目、女の子は遅くまでは残せないよ。ただでさえお前はサポートメンバーだし。今日のとこは一足先に帰って。…連絡入れるよ、これからのこともあるし。明日になっちゃうと思うけど」
「うん」
誰かが入ってくるとまずい。わたしたちは素早く首を伸ばし合って短いキスを交わした。
離れがたい気持ちを振り切るようにわたしの背中に手を添えて、バックヤードの外へと促す。
「じゃあ、少ししたらまとめて休み取れる予定だから。そこで都合合わせてゆっくり話そう。…忘れるなよ、お前の彼氏の名前。今度二人の時に呼び忘れたら。…知らないからな、何されても。ぎゅっと抱きしめるだけじゃ済まないかもしれないぞ」
その日は何もかもが僅かに傾いだような、ほんの少し現実からずれたようなふわふわした違和感を感じたまま仕事を終えて家路についた。
世界があの瞬間からばたばたと大きな音を立てて全てのものの見え方が変わった。まるで手早く誰かが見えない手で舞台装置をチェンジしたみたいに。多分もう二度と元のようには戻らない。わたしの人生は思ってもみない新しい局面を迎えたんだ。
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