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喫茶店の窓の外に見える場景に変化が出た。
劇場のドアが開きポツポツからどやどやへと人の流れが大きくなってきた。
芝居が終わり観客たちが次々と出てきたのだ。
「さ、いくわよ」
虎之助を先に喫茶店から押し出し、弥生が素早く会計を済ませる。
見張り番の虎之助が指差す先を見ると、伝次郎とおかめ婆が晴れ晴れとした顔で
空を見上げていた。すぐに歩き出した二人に近づきながら、
弥生と虎之助も人の波に乗って同じ方向へと歩き出す。
「銀座方面だね、これは。どこでランチだ?」
ゆっくりとした足取りの老人たちの中から横路にそれた伝次郎たちは、
路地にはいってすぐの店の暖簾をくぐった。
いかにも和食店、といった雰囲気の店は、暖簾に鰻と書いてある。
残念でした、となぜか声を弾ませる弥生とは対照的に、虎之助は口をへの字に曲げた。
「外で張るしかないわね。こんどはいつ出てくるかわからないから
どちらかが見張ってないとね。あそこに牛丼屋があるから、お昼はあそこで決まりね」
大通りに面した角にはお馴染みの牛丼屋がある。
昨日も食べたのに、と大きくため息をついた虎之助は気の抜けた返事をする。
とはいっても鰻屋なんてそう長居をするような店じゃない。
案外早く出てきたら牛丼屋はまぬがれる可能性大だ。
どうか早めに出て来てくれと鰻の暖簾にむかって手を合わせる虎之助であった。
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