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麻衣は大学進学を機に一人暮らしをした時から、オートロックのマンションに暮らしている。
一人っ子だから過保護な親が選んだの、と言って笑っていた。
今となっては、親のその配慮に俺も賛成だ。
「ほら、鍵出せ。」
「んー。」
バッグの中を探り、鍵を取り出した麻衣が鍵を開けた。
エントランスに入り、エレベーターに乗った。
エレベーターは麻衣の住む階にすぐに止まった。
鍵を持ったままの麻衣が、部屋の鍵を開けた。
手を繋いだまま、中に入ろうとする麻衣。
「おい…。」
玄関に入り、麻衣は慣れた動作ですぐに照明のスイッチを点けて、靴箱の上に鍵を置いた。
それから繋いでいた手をスルリと離し、麻衣は何故かぎゅうと抱きついてきた。
「ぎゅっとして…。」
小さく呟いた麻衣の言葉の引力に逆らえずに、そっとその背中に腕を回して抱き締める。
好きな女に抱きつかれて、動揺しない訳がない。
麻衣は、更に俺を動揺させた。
俺に抱きついたまま、こちらに顔を向け、目を閉じてキスをねだっている。
…何故こんなことになっている?
動揺しながらも思い至った理由に、俺は納得した。
きっと、彼氏と間違えている。
俺がそのままでいたくて恋人繋ぎをずっと続けてしまったせいで、酔った彼女はいつのまにか一緒にいるのが俺でなく、彼氏だと錯覚したのだろう。
このキスをねだっている相手が、俺だったらよかったのに。
このままキスしてしまおうか…?
酔った麻衣は、相手が俺だとは気づかないかもしれない。
一瞬誘惑に負けそうになったが、何とか持ちこたえた。
キスなんてしてしまったら俺の自制心は終わりだ。
動揺させられたささやかな仕返しに、麻衣の額にデコピンをお見舞いしてやる。
…いい音が鳴った。
「いたぁ…。」
「おい、俺を誰だと思ってる?」
「え…?…あれ、れんたろう…?」
「お前、俺にキスをねだってどうする?彼氏と間違えんなよ。」
「えっ、あっ、ごめん…。」
恥ずかしそうに顔を赤く染めた麻衣。
「してほしいならするけど?」
「わーごめんなさい!」
慌てて謝ってきた。
「お前、酔って男にそんな隙絶対見せるなよ?相手が俺だからよかったものの…」
「ごめんね、蓮太郎。しかも家まで送ってもらっちゃって。」
「いいって。じゃあ俺帰るから。ちゃんと鍵かけろよ。」
「ありがとう。また飲みに行こうね。おやすみ。」
「またな。…おやすみ。」
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