プロローグ

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プロローグ

「おい!寄ってくんなよクズ!」 お前が近づいて来たんだ。 「くっせーな!風呂はいってんのかよ」 入ってる。その制汗剤の臭いよりましだ。 「なんか話せよ気味悪いな」 喋ったら喋ったで文句言うくせに。 神様という存在がもしあるのなら、それを崇め称える宗教にはボクは絶対に関わらないだろう。神にすがってこの絶望的な人生がどうにかなる?そんな馬鹿な。だって「絶望的な人生を歩むボク」を産み出したいわば元凶が神様なんだから。 ――こんな人生やめにしたっていいんだぜ 悪魔の声がする。 そうかもなぁ、なんて思う自分がいる。 校庭を楽しそうに駆け回る豆粒くらいの人間を、屋上から見下ろすのは気持ちがいい。ちょっと高い所に上るだけで、どんなに体の大きなやつも豆粒みたいにちっぽけに、踏みつければつぶれてしまいそうなサイズに見える。 ボクをからかう奴らも、ボク自身のこの絶望的な人生も、もしかしたら大したことない、こんな豆粒みたいなものなのかもしれないと思える。 例えば魔法なんか使って巨人みたいになって、嫌なこと全部踏み潰せたりしないだろうか。 「なんてね」 そんなことできていたらボクのこの悩みも、もう少しましなものになっていただろうにな。 今日は風が強くて気持ちいい。 まるで臆病なボクの背中を押してくれるようで心強くもある。校庭から聞こえる楽しそうな声もなんだかエールのようだ。 柵にかけた手は男のくせに小さくて色白で力無く見える。遺書は残さないけれど、いま筆をとったら「自分の手に嫌気がさしました」とか書いちゃいそうだな。でも、もうそれともお別れだ。 立ち入り禁止になっている屋上は人の入り込む想定なんかされていなくて、背の低い柵は頑張らなくても楽に越えることができる。 何度も越えようとして毎回途中で諦めていたこの小さな柵を、今日は一足で超えることができた。今日の僕には勇気がある。この柵を越える勇気が。屋上のへりに立つ勇気が。自分の人生を終わらせる勇気が。 突風に背中を押された。 傾く身体。 浮遊感。 傾く視界。 どうか失敗だけはしないで欲しい。 もし願いが叶うなら、次に生まれるときは、もうちょっとだけ強い自分になりたい。 こんなこと願わずに死んでいけるような、幸せな人生を、歩めますように。
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