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玄白は驚き、その美しい紅の瞳を大きく見開いた。
木戸の隙間から覗き見た男の目――その男には闇が宿っていた。何人もの男女を犯し、逆らう者は誰かれ構わず殺してきた。
そんな男が自分たちの守人だと、なぜ今まで気付かなかったのだろう。
黒芭はまだ気づいていない。なぜならば、人間であった自分と契りを交わした時に、その力を失ってしまったから……。
神々の間では御法度とされていた人間との婚姻。黒芭は八百万の神の反対を押し切って、人間であった玄白を娶った。自らの力を与え、玄白は真実を見抜く紅の瞳を手に入れた。
それから間もなくして、黒芭は他の神々から異端者として扱われ、神の世界の底辺に落ちた。
しかし、人間界ではこのことは知られていない。彼は全ての神を敵に回しても玄白との絆を優先させた。そんなこともあり、玄白は黒芭に口に出せない後ろめたさをずっと抱えたままでいた。
それ故に、彼から貰った力を使うことを憚られたが、嫌でも耳に入ってしまう人間の本心に玄白は息苦しさを感じていた。だからこうして、時折社を抜け出しては黒芭と離れ、独りでその心を静めていたのだ。
村人を――いや、蛇神守を何より信頼している黒芭にこんな話を持ちかけたところで、信じてもらえるはずはない。逆に玄白が叱られることは目に見えていた。
この村が役人の手に渡ったら……。ここに住まう民はどう生きていけばいいのだろう。
隣村の年貢の取り立ては厳しく、女子供も容赦ないと聞く。
悪い噂ばかりの役人に重労働を強いられ、穏やかな自然を壊されてしまうことになったら、この村の鎮守である黒芭の地位はより危ういものになる。神が何より恐れていること――それは信仰を失った人間の心が闇に呑みこまれてしまう事。
玄白は思案し、女性のように美しい顔を曇らせた。
(どうすればいい……。このままでは彼の口車に乗せられてしまう)
唇を噛みしめたまま、手にした笛を胸に押し当てた時だった。
「――誰だ! そこにいるのはっ」
木戸の隙間から覗き見ていた玄白の姿に気付いた男が足早に近づいてきた。逃げようとするが、その恐ろしさに足がすくんで動けない。
勢いよく開かれた木戸の向こう側に立っていたのは蛇神守だった。
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