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低く、鋭さを含んだその声に、灰英は背中に冷水をかけられたかのように身を強張らせた。
彼が纏う香水の香りが漂い、灰英の思考を鈍らせていく。息苦しさと胸の圧迫感を感じて、必死に酸素を取り込もうと肩で息を繰り返した。
「はぁ……はぁ……っ」
苦しそうに体を折り曲げた灰英を横目に、水越は彼の脇をすり抜けた。
わずかに肩越しに向けられた野性的な瞳に、灰英の体は限界を迎えたかのように頽れた。
砂利に膝をつき、未だに収まらない動悸に苦しみながら、上目遣いで水越を見上げた。
「先に戻るぞ……。ここは蛇神様の聖域(テリトリー)だ。眷属であるお前のすべては筒抜けてる。少しは自重しろ」
そう短く言い捨てて足早に去っていく彼の背中を恨めし気に見つめていた灰英は、掌で砂利を思い切り掴むとその背中に向かって投げつけていた。
届くはずのない小石がパラパラと音を立てて地面に飛び散った。
「くそ……っ」
そして――どこからともなく訪れた静寂が、灰英の不安な心をまた大きく揺さぶるのだった。
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