【2】

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【2】

 大祭までの期間、村人に姿を見せることを禁じられている花嫁は、蛇水神社の敷地内にある離れで生活する。  そこは灰英が住む自宅とは垣根一枚を隔てた距離で、隣接してはいるが周囲には注連縄が張り巡らされた聖域とされている。  食事や身の回りの世話は宮司である灰英がすべて行う。花嫁に関しては第三者の介入が認められていない。それはいずれ、この世界から人知れずいなくなる者であることを意味していた。  花嫁を輩出した家や親族には箝口令が敷かれる。だから村人の間では、この時期になると『今年の花嫁は誰だ?』という話題で持ちきりになるが、弥白の祖父は素知らぬふりを突き通さねばならなかった。しかし、祖父にとって何年も前に村を捨てた孫のことなど、正直どうでも良かった。それよりも息子である弥白の父を貶め、他に男を作って出て行った女の子供であると思うだけで苛立ちが募り、いっそこの手で殺めてやろうかと思ったくらいだった。自身の手を忌々しい孫の殺害に汚すぐらいならば、いっそ村に伝わる蛇神伝説に便乗して花嫁として献上すればいい。そうすることで自分の罪は免れる――と。  ある日、ふらりと神社に現れた弥白の祖父からその話を聞いた灰英は怒りに身を震わせた。  毎回、花嫁の選出に頭を悩ませていたことは認めるが、血の繋がった孫を生贄に捧げるというのは如何なものだろう。  それに、弥白は灰英にとって全く知らない存在ではない。むしろ、出来ることならば自分のものにしたいと思うほど恋い焦がれている。祖父が弥白にどう説明したのかは分からないが、この事実は墓まで持って行こうと決めていた。だが、祖父の代わりに弥白を殺めるのは灰英自身だ。蛇神守として主である蛇神に花嫁を捧げるという行為こそが、間接的ではあるが弥白を殺すも同然の所業なのだ。  自室で身支度を済ませた灰英は、等身大の鏡に映る自身の姿を見つめたまま動きを止めた。  白衣の襟元からちらりとのぞいた灰色の蛇の顔。それを慌てて隠す様に襟元を合わせると、薄い唇をギュッと噛みしめた。
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