【4】

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 大祭を明日に控えた朝だというのに、蛇水神社はいつも通りの静けさを保っていた。  部外者を排除し、祭りと言っても境内への立ち入りを禁止しているせいだろう。宵祭りと言えば屋台や出店などで参道が賑わい、村の人々も浮き足立つ。そういったことは、村内に特別に設けられた場所で行われ、神社には誰も近づくことはない。だから観光客も、明日の花嫁のお披露目まで祭りという雰囲気を味わうことはない。その辺も奇祭と呼ばれる理由なのだろう。  しかし、宮司である灰英は早朝から境内を走り回っていた。弥白の沐浴が終わると同時に、朝食の用意を手早く済ませ、供物として捧げられる野菜や果物、米や酒などを事前に頼んでおいた店まで車で取りに行っていた。  たった一人でこの由緒ある神社を切り盛りすることは実に大変な事であるが、今までいくつか持ち込まれた縁談は全て断っていた。 「――弥白。潔斎の儀を行うぞ。参籠所(さんろうじょ)の奥にある湯殿に先に行っててくれ。俺は準備をしてからすぐに行く」  離れの障子戸を開けて顔だけを覗かせた灰英は、まだ着替えの最中だった弥白に構うことなくそう告げた。  白衣に紫色の袴、濃い栗色の髪はさっぱりとカットされ、いつもよりも凛々しく男らしさを感じる。 「分かった……」  参籠所は離れと渡り廊下で繋がっているため、外に出る必要はない。  正幸に襲われそうになってから、灰英の警護はより厳重になった。水越と一緒にいても、普段見たことのない鋭い眼差しを向けてくる。外に出ることを禁じられた弥白は、日中もこの部屋で過ごすことがほとんどだった。  パタンと音を立てて障子戸が閉まったことを確認し、弥白は着かけていた着物の前をはだけ自身の体を見下ろした。  白い肌に転々と散る赤い鬱血。最初はどこかにぶつけた際に出来たものだと思っていたが、沐浴の際に全身にあることに気付いた。  要因なく肌が鬱血することはあり得ない。まして健康状態は良好で、何かの病気を患っていたという経緯もない。  その痣をなぞるように指で触れると、腰の奥のあたりがズクリと疼いた。そして背中にもピリリとした痛みが走り、わずかに顔を顰めた。
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